文様奇譚

第2話 アマゾン【後篇】

大島托

塩なき旨み

村の広場を囲む住居のどれからも離れた一角にぽつんと小屋が一軒建っていて、その前には直径1.5メートルほどの桶型の容器が水を一杯に湛えている。今日は女たちがその周りを取り囲むように陣取って何かをしていた。女たちは常に何かの作業をしている。何人も集まって冗談飛ばしてゲラゲラ笑いながら働いている。赤ん坊たちは背負われ、幼児たちはその周りで遊んでいる。

いつものごとく川でボーっと背浮きした後でそこに近づいてみるとツーンと強めの発酵臭が漂ってきた。女たちは桶の中から茶色いマンジョーカ(キャッサバ)芋を取り出して皮を剥がしていた。水の中で芋を毒抜きし、発酵させると同時に柔らかくふやかしていたようだ。住居からなるべく離しているのはこの臭いのせいだと思われる。近くには丸太と石をテコの原理が働くように組み立てた原始感溢れる装置があった。ふやかした芋をこれで圧搾して水分を抜くらしい。小屋の中にはやはり直径1.5メートルほどのバカでかいフライパンとカマドが一体化したものがある。おそらく石などを組んだ上にフライパンをセットして、外から粘土で石もフライパンの縁も丸ごと塗り込んで土器にしてしまっているのだ。圧搾した芋をこれで炒り上げると例のファリーニャとなるのだ。

このマンジョーカは野生種で、村から離れたところのジャングルを焼き払ってから、地面にマンジョーカを収穫した後の残りの木の幹を差し込むだけの原始的な焼畑農法で栽培されている。

男は、少年から青年ぐらいまではみんな一日中裸足でサッカーをしている。さもなくば釣りか、泳ぎか、弓矢で狩り。全部遊びだ。学校には行ってない。というか学校はない。サッカーコートは広場のど真ん中だ。最も重要な祭祀ということなのだろう。サマウマ村は去年のシングーリーグ戦の優勝チームだ。

20代から30代ぐらいは街での出稼ぎですっぽり抜けている世代だった。50代以上の長老クラスの男たちは夕刻にはふらっと村から出て行って、すぐに魚や動物をドッサリ抱えて戻ってくるが、基本的にはリラックスしているように見える。狩猟採集民の短いライフサイクルを考えると40代以上はまあ定年みたいなものなのだ。

夕刻の釣りはまず岸辺でマンジョーカの小さなカケラで小魚を釣ることから始まる。10匹ほど釣ったらボートで川の真ん中の深い場所に移動して、その小魚をエサにして大物を狙う。竿やリールはない。仕掛けを手でグルグル振り回して遠投するのだ。するとあっという間にデカいのがどんどん釣れる。ピララーラ、ピンタード、ペーシュカショーロ、タライロン、トゥクナレ、そしてもちろんピラニアも。日本の一般の人にはピラニアぐらいしか認知されていないだろうが、これは夢の魚のオールスターだ。それが信じがたいほど簡単に釣れる。

図 1 ピラニアは簡単に釣れる

シングーに来る前に世界最大の湿地帯パンタナルをモーターボートで縦断してきた。世界中の釣り人たちの憧れの聖地、ミランダ川、パラグアイ川だ。僕の目当てのピラニアはさすがにたくさん釣れた。そもそもブラジルではピラニアを目当てに釣りをする人などいない。野球ならデッドボールみたいな扱いだ。みんなが狙っているのは、ドラードという金色の鮭みたいなインスタ映えする立派な魚なのだ。そのために用意した高価な生き餌のウナギを秒で喰らい尽くすのが忌々しいピラニアのやつ、という位置付けだ。実際のところ、ピラニアに邪魔されなくても今はドラードなんてほとんど釣れない。40年前の開高健の時代とは違う。これはドラードの数を世界中からやって来る釣り人が慢性的に上回り続けた結果なのだ。僕は釣り人だからこんなのは慣れっこだ。ただもう再び行くことはないというだけだ。

図 2 「犬の牙」という魚

シングーは保護区域だから一般のブラジル人や外国人は入れないことになっている。しかし、マニアの外国人相手の釣りのガイドとホテル&レストランの経営というのは、町のブラジル人の平均的な稼ぎと比べるとありえないぐらいの濡れ手に粟の大きな商売だ。僕がシングー川で夕刻のほんのひと時に釣り上げた夢のオールスターを金額に換算するならば、たとえ東京での一カ月分の収入を費やしたとしても安いものなのだ。でもそれをやったらやがてミランダ川の二の舞になることは見えている。果たしてシングー諸部族はずっとこの禁断の誘惑に手を出さないでいられるのだろうか。

図3 頭のスープが絶品

カヤビの料理はこれら焼き魚とファリーニャだ。たまにバクとかシカとかの動物も獲れるが、基本は魚一択だ。焼き魚は焚き火の直火で、大きなやつは上から容器を被せてボールグリル風のスモークローストにしている。これらの魚には日本の川魚のような独特の臭みはない。アマゾンやパンタナルはかつて海で、アンデス山脈の隆起により閉じ込められた広大な塩湖が長い時を経て雨水で薄められて海に流れるというプロセスでゆっくりと淡水化していっただけのことで、そこに棲む魚たちはもともと海水魚だったのだ。

図4 スモークロースト

焼いて一番旨かったのはトゥクナレだった。80センチぐらいある大きなやつは脂が良く乗っていて香りも素晴らしくハタに近い豪華な味わいだ。煮るならピラニア、それもまた大きなやつほどいい。その頭のプルプルしたゼラチンとシコシコした歯応えの異常に発達した顎の筋肉の組み合わせが絶品なのだ。頭蓋骨を噛み割って脳みそもチュウチュウすする。

ファリーニャは町の人々のふりかけのような使い方ではなく、主食としてもっとガッサリ食べる。市販の均質化された粉とは違い、たまに煎餅みたいな大きなカケラが入っている。それを魚の身と一緒に手でよく練り合わせてボリボリムシャムシャと食う。歯応えは食欲や満足感に関係する。日本人なら旨いと思うはずだ。イタリア系のアンセルモもガツガツ食っている。

図5 アマゾンの夕景

焼き魚にもファリーニャにも塩は一切使われない。内陸部だから塩はもともと無かったのだ。おかげでみんな低血圧らしい。肉もそうだったのだが、僕らはいつもほとんど自動的に塩を使って調理しているのでその味しか知らないが、たまには無塩の味に気づいてみるのも一興だ。たぶん塩味だったら魚種ごとの味わいの差をこんなにもシャープに感じることはなかったはずなのだから。なお、無塩だからこそ、焼き魚のスモークの香りやファリーニャの発酵プロセスを経た酸味はことのほか重要だと感じた。

村の誘い

タトゥーの方はあれ以来あいかわらず忙しい。口元のタトゥーばかりではなく、ジェニパポのデザインをタトゥーで腕輪型に彫ってくれというリクエストが多い。下絵は女たちがあらかじめ僕のスキンマーカーを使って描いておいてくれる。ジェニパポを描くのは女の役割のようで小さい頃から遊びで覚えていくようだ。身体の立体にフリーハンドで柄を乗せるセンスが鋭い。はっきり言ってプロのタトゥーイストでもこんな風に即興で正確に描けるのは10人に1人もいないだろう。そういう面では彫師に向いているし、教えたらすぐにモノにするだろう。でもカヤビの彫師は伝統的に男だったらしく、女たちは僕がしつこく誘っても彫ることには手を出さない。

自分の名前をアルファベットで彫ってくれというのはもうむちゃくちゃ多い。そんなちょびっとだけの作品で貴重な針を消費したらもったいないので断っていたが、よくよく考えると日本や欧米で「自分の」名前をタトゥーで入れる人なんてまずいないのだ。どういうことなのかを首長に聞いてみると、仕組みが分かった。

カヤビのタトゥーは名前と直結した記号でもあるのだ。文字のないカヤビ社会では、その人に入っているタトゥーのデザインがその人を識別する視覚的なマークであり、それを音として発したものが名前で、両者はイコールなのだという。だからこの前見た記録資料のタトゥーデザインの下に書いてあった名前はその人物の名前というだけでなくデザインそのものの名前でもあったのだ。

なるほど……。それで最近入ってきた表音記号であるアルファベットは人物と名前とタトゥーを結びつける「デザイン」としては、より広範な第三者にもそれが分かるという点では従来のタトゥーデザインよりも優れているという感覚なのか。何かこれ、ものすごいことに気づかされてしまったような気がする。そしてその感覚はおそらく文字をまだデザインとして認識しているほんの刹那の過渡期のみのものなのだろう。タトゥーと文字の入れ替わり時代の真実の一つを生で目の当たりにして一瞬息を飲む。縄文時代晩期にタイムスリップだ。

ちょっと感慨に耽りつつ広場に目をやる。

10才前後の少年の群れがサッカーの真っ最中だ。高い個々の運動能力にモノを言わせた超攻撃的スタイルだ。ゴール前への斬り込みがとにかく強くて速い。キーパーも恐れ知らずの横っ跳びだ。息子は小学校では学年で一番脚が速いというのがセールスポイントなのだが、この中では遅い方にすら見える。それでもフェイントで抜く技術と戦術的なパス回しで存在感を出している。この前は村の大人のチームのシングーリーグ公式戦にも少し出してもらったようだ。

その横では別の熱いゲームが繰り広げられていた。アンセルモとある母娘が楽しげに話している。アンセルモはジリジリと引いていて、女たちは少しずつグイグイ押している。やがてアンセルモは誰かの家の壁まで追い込まれてしまった。ボクシングのメイウェザー vs パッキャオのようなスリリングな攻防だ。娘とアンセルモは首都ブラジリアの役所の先住民関連のイベントからすでに知り合いらしい。娘は髪をアップにしていて、服も洒落たものを着ていた。明らかに粧し込んでいる。僕ら家族と一緒の寝室じゃなかったらおそらく夜這いされているパターンだろう。まあでも、そのへんは彼もいつもテキトーに楽しんでいるのかもしれない。実家のお母さんからは「インディオの村に入るのはいいけど、孫7人とかは多すぎるからね」とか釘を刺されているとかいないとか。

アンセルモは僕より一回り以上若いけれど、僕と同じようなヒッピー的なパーティーシーンをくぐった後で、やはり同じように世界中のプリミティブな地域を旅して、最終的には自分の国のインディオに注目するようになったのだ。探し物は実は地元にあったという『アルケミスト』のストーリーに我々は乗っている。彼は各地のインディオの工芸品の面白さに注目していて、それらを中間業者にマージンを抜かれることなく直接先進国の消費者に売れるようなシステムを作ろうと動き回っている。

少年のような澄んだ瞳のアンセルモが当の娘の好みのタイプであろうことはもちろんなのだが、もうちょっと深いところでは自分たちにとって役立つ彼をコミュニティに取り込もうという村の女たちの総意が働いているように思う。村のこれからの方向性は女の集団が決定する。首長やシャーマンや歌手、彫師、大工の棟梁、漁労長などの役付きは男ばかりだが、みんな外から婿として迎えられてこの村に来たのだ。女の塊をサポートするために役立つのなら人種も関係ないようだ。黒人や白人とのミックスの子供もいる。みんなカヤビの子供達だ。

村生まれのオスの仔犬はどこか遠い集落に渡されるか不漁期の食材となる。村のメス犬と交配するのは他所からもらわれてきたオス犬だ。孤立集落なのにヨーロッパ系や中米系、アジア系などのいろいろなタイプの犬がいるのはそのためだ。近親交配で群れの次世代が弱体化するのを避ける仕組みだろう。

女の塊はそれぞれの個人の集合体だが、同時に時空両面の連続性を備えた一つの村の子宮とも言える物体のようだ。先祖から子孫に向かって個々の生死を超えて永遠に存在し続ける大きな子宮生命体。あらためて辺りを眺めてみると、女たちが家事に使う土器の壺も、女たちを包み込む大きくて丸まっちい伝統家屋もまた子宮を想わせるような形だ。そしてさらにそれら家々を囲む、蟻の巣のような村全体の構造も。森と川も。地球も。宇宙ですらも。女と世界は多重の入れ子構造で無限に連続し、イコールの関係にある。これこそが古代社会であり、有史以前、人間が長きに渡り営んできた生活形態なのだ。ライオンやゾウと同じパターンだ。

あなたの息子を村のために置いていかないかと首長の奥さんは言った。その代わりに誰でも一人連れ帰っていいから、と。光栄かつ魅力的な提案だ。だけど本人は早く街で冷えたコーラが飲みたいと言っているので、とりあえず今回はアンセルモ一人で勘弁してください。

渦巻く祈りのなかで

……マラカンエーエマラカンレ
タマユレテーエタマイレテ
タビルタビルリル
タベルリタベルリル……

……耳でコピーしたフレーズを口ずさみながら、両隣りの者と手を繋いで反時計回りに渦を巻くような陣形でみんなに合わせて動き続ける。日本の「かごめかごめ」みたいな感じだ。斜め前に右足から一歩踏み出し、続けてやはり右足から後ろに一歩退がる。これをひたすら繰り返しながらゆっくり旋回し続けるのだ。女たちは全員、男は10代ぐらいまでが参加していて、それ以上の年代は周りで座って見守っている。僕らは旅行者なので首長とともに輪に加わっている。渦の中心部では幼児たちが辿々しい足踏みで回っている。全体の音頭をとる歌手の右の足首には木の実の鈴の束が取り付けられてらいて、右足の動きとともに「シャンッ!シャンッ!」と鳴り響く……。

……鳴り響いて……渦を巻く…そのうち耳に蓋をしたような感覚とともに、渦に深く巻き込まれて行く……。

祭りのゲストとして年老いたシャーマンが村に来た。70代ぐらいの老人は珍しい。儀式の段取りやその際の精神的なことをレクチャーしてもらうために招かれたようだった。村人とは互いにポルトガル語で会話しているので、どこかよその部族の人なのかもしれない。僕がタトゥーのことで招かれているように、この村は勉強熱心なのだろう。タトゥー以来村に留まっていたシャーマン青年がいろいろ質問している。アヤワスカやラペのことも聞いているようだ。

アヤワスカというのはDMTを主成分とする薬草のミックスされたもので、摂取量によってはかなりの深度に達するサイケデリクスだ。あの世のビジョンと言っても間違いではないだろう。彼らの体験談は僕らの体験と同じだった。こうしたヒトという種としてのレベルであろう深い感覚には個人の経験や時代ステージの差異を超える普遍性が存在するのだ。

ラペは独特のV字パイプを使って鼻腔の奥に刺激の強い植物の粉を吹き込むもので、これをやると必ず涙目になる。粉ワサビを鼻から吸い込むとどうなるかを想像して欲しい。これは浄化とか気合いを入れるみたいな目的でやっているらしい。この村にはラペの会みたいな有志の集まりもある。

南米のインディオ社会ではこれらはどちらも広く普及していて、それぞれの儀式空間とも結びついているようだ。

そのうち誰かが、老シャーマンに訊くことはあるかと僕に振ってきたので、例の口元のタトゥーのことをまたしつこく尋ねてみた。

「日本にはアイヌという民族がいて、かつてその女たちは口元にタトゥーを纏っていました。それは口のサイズを拡張するようなデザインであり、僕の見立てでは大蛇の口を模しています。古代アジア地域では蛇信仰はごく一般的に見られ、祖先としての蛇を表すタトゥーがたくさんあるのです。カヤビの口元のタトゥーも大きな口を表すものと見受けますが、何か特定の動物を祖先とするような信仰があるのでしょうか?」

老シャーマンは何か言いかけて、少し考えた後でこう言った。

「あとでカヤビのことを詳しく教えましょう。夕飯の後で私のところに来てください」

かかった。釣りは根気だ。

悲しみと痛みの儀式

夕方になると村の空気が急に変わった。ある村人の、街に出ている親戚が交通事故に遭って危篤状態だという。轢いたのは警察官で、立件すらされなさそうな状況とも聞いた。村の祭りは中止され、すぐに被害者に霊的なパワーを送り込む儀式が3人のシャーマンによって始まった。

被害者の親戚が集められ、彼らの身体を通してパワーを転送する。向こう側から伝わって来る悪いパワーを押し返す意味もある。ラペが使用され、その場にはシャーマンたちの「プシュー、シュ、シュ、シュ、シュ」という特徴的な呼吸法の音がいくつも交差する。村のラペ会の探求者たちも全員列席していて、それぞれに長い段取りを踏んで加わっていく。セレモニーは深夜まで続いた。

シャーマン青年は老シャーマンの手前ということで、張り切ってラペを吸引しすぎたせいで、物陰にダッシュして行っては嘔吐を繰り返していた。

涙も鼻水も汗も、胃の内容物も、全て本気で出し切った後に訪れる妙な開放感は、洗浄剤「パイプユニッシュ」のスッキリ感に通じるものがあると感じる。人間は管であり、やはりこれは浄化なのだ。

1950年代までのカヤビは、近隣の敵対する部族やブラジル人開拓者たちとの闘争に明け暮れる集団だった。そしてそれを見かねたブラジル政府の介入により、ブラジルの国内法の遵守(細々したことはともかく、殺人はやめる)と引き換えに、静かで魚もたくさん獲れるシングー川上流域の保護区への移住のサポートや、政府からの定期的な補助金の支給と医療サービスを約束されたのだった。今は服を身につけているが、その頃はフルチン&フルマンだったそうだ。

当時は襲撃して殺した敵の戦士の首は切り取って村に持ち帰り、焚き火でスモークローストした後でさらに煮込みにして、村の男たちで食べていたという。強力な敵のパワーを己の中に取り込み、さらにパワーアップするためだ。これは古代社会では珍しいことではない。

とは言え自分達と同じような人間の肉なのだ。はじめて食べる時からすんなりと、食欲をそそるという感じではなかったかもしれない。僕は、急に破水した近所の友人を助産院まで連れて行った成り行きで、なぜか彼女と赤ん坊を繋いでいた胎盤をホカホカの生でいただいたことがある。生の胎盤はレバ刺しのような味わいで、これはイケると思ったのだが、いざ飲み込む段階で喉が一瞬ためらったのだ。結局は意識的に飲み込んだのだが、これが人間を食うということなのかと自分の中の自動停止装置みたいな心理の働きに驚いたものだ。

カヤビの口元のタトゥーは人間を襲って食べるジャガーやワニなどの危険な肉食獣を模していて、それを纏うことによって人間の肉を不都合なく食べられるようになるのだという。人肉用のインストーラーアプリのようなものだったのだ。このタトゥーはかつて敵対していたアピアカ族から狩りとった首に入っていたものをカヤビでも採用したとのことだった。首長たちが知らないと言っていたのは外国人のゲストへの配慮だったのかもしれない。

図6 ワニを狙うジャガー
図7 音楽係の男
図 8 狩猟係の男

アピアカは言語も風習もDNAもカヤビと重なるところの多い、カヤビの最大のライバルだった。アピアカの口元のタトゥーにはさらに多くのバリエーションのデザインがあったことが知られていて、ジャガーが大口開けたような激しいやつも資料にはあった。首狩りやカニバリズムをカヤビ同様に行っていたが、彼らの生け贄の風習に関する興味深い記録がある。

アピアカは、襲った敵の集団の大人の男たちは皆殺しにし、女子供はアピアカの村に連れ帰る。女はアピアカの男の妻にし、その子供も男の子供として村のアピアカの子供達と同様に育てる。そして妻は5年ぐらいして夫との間に新たに産んだ子の子育ての忙しい時期が過ぎたあたりで生け贄となる。連れ子も12〜15才ぐらいで大人になったと思われるあたりで生け贄となるのだ。生け贄の処刑に直接手を下すのは夫であり継父である当のアピアカの男自身で、女の肉は女たちで、男の肉は男たちで食べたのだという。アイヌの熊送りの内容にとてもよく似ている。

殺すべき敵やどうでもいい存在は生け贄とはならない。ノーペイン、ノーゲインだ。失っては困るもの、愛しいものにこそ生け贄としての価値があるのだ。その喪失に大きな悲しみや痛みを伴うことが、それに相応しい大きな対価を得るのに必要なのだ。いや、ひょっとしたら悲しみと痛みこそが生け贄の最高の対価そのものなのかもしれない。女たちも男たちもきっと大泣きしながらその肉を食べたのだと僕は想像する。心の底から大泣きするために、わざわざそんな手の込んだことをしてまでして愛情を育てたのだ。

悲しみも痛みもなかなか得難い贅沢な快楽であり、それらはヒトを健全に浄化するものなのだろう。ドラマティックな人生として。

大島托

大島托

1970年、福岡県出身。タトゥースタジオ「APOCARIPT」主宰。
黒一色の文様を刻むトライバル・タトゥーおよびブラックワークを専門とする。
世界各地に残る民族タトゥーを現地に赴いてリサーチし、現代的なタトゥーデザインに取り入れている。
2016年よりジャーナリストのケロッピー前田と共に縄文時代の文身を現代に創造的に復興するプロジェクト「縄文族(JOMON TRIBE)」を始動。