うちの近所のマンションには、いつも気になっているベランダの家がある。角部屋で道路沿いに面しているその家には、なぜかベランダから身を乗り出すような形で大きなゴジラの人形が設置されているのだ。
道路沿いから見ても、まぁまぁ立派に見える大きなゴジラ。僕がそのゴジラの存在に気づいたのはいつ頃だったか定かではないが、少なくとも3、4年ほど前には既にベランダに鎮座していて、毎日微動だにせず逞しい両手を振り上げ、まるで威嚇するように外の世界を睨み続けている。
僕は自宅が仕事場なので、仕事の合間によく自動販売機へ缶コーヒーを買いに行ったり散歩に出たりするのだが、その度に必ずそのゴジラに出くわす。
「ああ、今日もゴジラは睨みを利かせているな」
と、雨の日も風の日も頑なにベランダから外の世界を睨み続けるゴジラが僕はなんとなく好きだった。
次第にこのゴジラをベランダに設置した人はどんな人なんだろう、と思うようになった。そもそもなぜゴジラをベランダに置いているのか? ゴジラや特撮が好きなのか? もしくはただの気まぐれか。
ほぼ毎日ゴジラを目にする一方で、肝心の住人は一度もベランダで見かけたことがなかった。とはいえ所詮はただの近所のベランダ。どんな人が住んでいるかを深く気にかけるわけでもなく、答えが出ない想像もほどほどに、僕は「まぁゴジラが好きな人なんだろう」とざっくりとした形で、自分が離陸させた妄想の飛行機を毎回何もない平原に不時着させていた。
そんな日常が長らく続く中、先日突如として大きな出来事が。
それは猛暑の7月下旬、蝉も鳴き始めた朝の8時頃、僕は仕事を始める前にいつもの自動販売機へ向かい、缶コーヒーを買って自宅に戻ろうとしていた。そしていつもの帰り道でゴジラがいるベランダの方に目をやると、そこにひとりの男が……なんとベランダに人が立っているではないか。
「住人だ……!」
僕は思わず冷たい缶コーヒーを握りしめながら、ベランダを見つめた。そこには住人とおぼしき中年のおじさんがひとり立っており、上下グレーのパジャマ姿で双眼鏡を目に当てながら、ベランダから何やら一点を見つめていたのだ。
「双眼鏡でなんか見ている……」
ゴジラの隣で同じ方向を向き、早朝パジャマ姿で双眼鏡で何かを見つめるおじさん。これまで僕が日々想像してきた期待を裏切らない、実に魅力的な登場の仕方だった。
「何を見てるんだろう……!」
僕に振り返らない選択肢はなかった。そもそも朝早くベランダ越しから双眼鏡で何かを見ること自体不思議だし、ゴジラをベランダに設置するような人だ、何か特別なものを見ているに違いない。ワクワクと若干の怖さを抱えながら、僕はバッと勢いよく振り返り、おじさんとゴジラが見ている方角に刮目した。
するとそこには、もくもくとした大きな入道雲が、青空の中にドーンと浮かんでいた。
おじさんは朝、ゴジラと一緒に大きな雲を見ていたのだ。
「入道雲……」
双眼鏡の先にあった意外と爽やかな結末に、僕はなぜかホッと安堵するとともに
「ああ、なんか……夏だな」
と、入道雲を見つめるゴジラとパジャマ姿のおじさんが、ちょっと愛おしく思えた。そしてその日以降、またぱったりと姿を現わさなくなった住人のおじさん。
また大きな入道雲が空に見えた朝には、缶コーヒーを買いに行こう。










