ある日の朝、小学1年生の娘が朝食を終えてリビングで学校へ行く支度をしていると、窓を見ながら突然、
「あ!やばい!」
と言って、慌てて支度を済ませランドセルを背負い、玄関を飛び出して行った。何事かと思って窓の外に目をやると、娘と同じ背格好をした女の子が1人、我が家の前でちょこんと立っているのが見えた。
妻に聞いたところ、どうやらその子は近所に住んでいる、娘と同じクラスの友達で、毎朝一緒に登校するために家の前でわざわざ娘が出てくるのを待ってくれているらしい。
僕はそれを聞いて「そうか、娘にもそういう友達ができたのか」と、窓の外を見ながら2人揃って楽しそうに学校へ向かっていく様子を微笑ましく眺めていた。
また別の日、平日の夕方頃に学校から帰ってきた娘が、今度は何やらニヤニヤしている。「どうしたの?」と聞いても「なんでもない!」と言って、その後すぐに寝室に駆け込んで行った。
しばらくしても寝室から出てこないので、どうしたのかと思いドアをそっと開けてみると、布団の中から何やら笑い声が。何かよからぬことをしているなと感じて、部屋に入って確認すると、先日、防犯用に購入した「こどもケータイ」を使って学校の友達と電話をしているではないか。
「こら!」
と、僕は布団をめくって「友達とおしゃべりするために電話を買ったんじゃないぞ!」と娘を叱り、怒られた娘は「はーい……」と、不貞腐れて電話を切りリビングに戻って行ったが、この時も僕は娘を叱った一方で、きっと友達との時間が楽しくて仕方がないんだなと、なんだかとても懐かしい気持ちになった。
思い返せば、自分も昔から相当な友達好きなのだ。
その証拠に自分で携帯電話を持った中学生の頃から大学生1〜2年生くらいまで毎年、年越しとなる大晦日の新年が明けた深夜0時から、友達へ「あけましておめでとう」と言うためだけに電話をする、祝電みたいな遊びをしていた。
しかもそれは仲の良い友達4、5人とかの話ではなく、電話に登録されている全ての友達(男女関係なく)に電話をするというもので、今考えるとなんて迷惑かつ厄介な遊びをしていたんだ……と思ったりもするが、当時は友達との時間が何よりも楽しいひとときで、登録されている「あ」行からスタートし、大体夜中3時過ぎくらいまでひたすらに、友達とくだらない「あけおめトーク」をしていたのを覚えている。
そうして一通りすべての友達に電話をし終えた後、明け方4〜5時くらいにはいそいそとジャンパーを着込み、今度は地元の友達と初日の出を見るため、近くの公園や高台に集まっては、そこでまた日が昇るまでゲラゲラおしゃべりをする、という我ながら素敵な新年を毎年送っていたのだ。
年明けのあけおめ電話も最初はみんなびっくりしていたものの、3年、4年、5年、6年と続くと、友達たちの中でも不思議と年明けの恒例行事のようなものになっていき、
「お〜今年もかかってきたか。あけましておめでとう、最近どう?」
とか、なかには1年でその電話でしか話さない友達(中学の同級生で違う高校に行った友達とか)もいたりして、
「あけましておめでとう。あーそういえば去年話した子いたじゃん、あの子。別れたんだわ」
とか、みんな慣れた様子で互いの近況を話し合う時間になっていた。
逆にしょっちゅう会う地元の友達なんかは
電話「プルルルル、ガチャ」
友達「はいはい、なに? あーあけおめ、あけおめ。好きだな〜お前これほんと」
僕「ははは、まぁね。あけおめ」
友達「というか、この後会うでしょ。4時30分駅集合ね。じゃ」
僕「ほーい」
電話「ガチャ、ツーツー……」
と、毎年ほんの10秒ほどで電話が終わる。
そんな新年のくだらなく楽しい祝電も学生が終わる頃には次第になくなってしまい、時を経て自分も父親になり、今ではかつての自分を見るような気持ちで、学校へ行く娘を玄関先で見送っている。
ずいぶん前になるが結婚したての頃、妻が僕の親や親戚家族と会ったりしているなかで、妻曰く、僕だけ性格や価値観が親や家族とまったく似ていないね、という話になった。
「確かに」と思いつつ、その後しばらくして今度は僕の友達とも会う機会が増え、そのやりとりを見ていた妻が
「あー、あなたは友達と育ったんだね」
と僕に言って、なんだかすごく納得したことがあった。
是非、娘にもいい友達と巡り会ってもらいたい。










