僕がイラストレーターとして活動を始めたのは2013年の夏頃。
駆け出しだった自分は実家の片隅で毎日パソコンのメールボックスを眺めては
「ああ、今日もスパムメールだけだったな……」
と、陽気な謳い文句で詐欺ページへ誘い込んでくる迷惑メールを、淡々と削除するとても渋い生活を送っていた。
元々はデザイナーになりたかった。2浪して美大に入り、紆余曲折を経てイラストレーターとして出発したのが27歳の時。
30歳もチラついてきた当時、実家に居座りながらいつまで経っても「イラスト制作のご依頼」というキラキラしたメールが来ない退屈なパソコン画面をじーっと見つめ、フリーランス特有の「暇」という恐ろしい漢字一文字に「ひいい!」と恐れをなした僕は、「俺は……俺は暇じゃない!」と自分に言い聞かせるように、一念発起して東京で個展を開催することを決意する。
しかし大学を卒業して間もなかった僕にはその頃、特に東京のギャラリーにアテなんかもなく、人脈や繋がりもない。
なので、いわゆる貸しギャラリーを1週間ほどレンタルして個展を開催するほかなかったわけだが、調べてみると「こ……こんなに高いのか……」と、都心のギャラリーのレンタル代の高さに驚いた。
それでもせっかく個展をやるなら自分が納得できる素敵な場所でやりたい、というこだわりは捨て切れず、僕はネットにある情報も調べ尽くした後、“もういっそ街をぶらぶら歩いて探そう”という、とても原始的な方法でギャラリーを探すことにしたのだ。
大学時代から使っていた大きなリュックにメモ帳とペンケースだけを入れ、外見こそ立派だが肝心の中身はポン菓子くらい軽いそのリュックを背負いながら、平日の表参道に向かう。
そして到着したあとは「なんかいいギャラリーないかなぁ〜」と、ただ呑気に高層ビルやおしゃれな街を眺めながら、ギャラリーを探して練り歩くのみ。
途中、有名なギャラリーにも立ち寄ったりしつつ(ただの客として)、2時間ほど歩いたところで
「まぁ、そんな都合よく自分に合ったギャラリーなんて見つからないよな」
と、少し考えればわかるような当然のことを思っていた頃、表参道駅から10分ほど歩いたところに“ギャラリーパミーナ”と書かれたエメラルドグリーン色の小さな建物を見つけた。
「お、ギャラリーって書いてある」
店内を窓越しに覗いてみると、特に作品らしきものは飾っていなかったものの、展示スペースのような白い空間が広がっているのが見えた。
僕はやや迷いつつも、ゆっくりドアを開け店のなかに入ってみた。
するとそこにはシンプルな6畳ほどの展示スペースがあり、奥に70歳くらいのおばあちゃんがひとり、椅子に座って書類らしきものを整理していた。
「……いらっしゃいませ」
声をかけられ、まさか高齢の方がいるとも思っていなかった僕は少し慌てたが、軽く会釈をして店内を見渡す。
「何かご用ですか?」
と、尋ねられたので「あ、実は個展するギャラリーを探していて……」と伝えると
「あら、そうでしたか、じゃあちょっとそちらに座って。いまお茶出しますから」
と言って、そのおばあちゃんは手元にあった書類を片付け、突然現れた僕にお茶を用意してくれた。
その人は福内さんという方で、ギャラリーパミーナをひとりで切り盛りしているギャラリーのオーナーだった。
近くにあった椅子に座らせてもらい、表参道の知らないギャラリーで、知らないおばあちゃんの淹れた温かいお茶を飲む。
2時間も歩いていたせいか、なんだかすっかりホッとしてしまった僕は、そこから紐が緩んだように福内さんとお茶を飲みながら、イラストレーターとしてこれから活動していくことや個展についての相談をさせてもらった。
「そう、そしたら少しお安くして、この値段でいいですよ。頑張ってください」
そう言って、福内さんはギャラリーレンタル代をかなり割り引いたうえで、あっさり僕の個展開催を承諾してくれた。
そしてそのまま流れるように会期や開催時間も決まり、およそ30分ほどで小田和正の「ラブストーリーは突然に」ばりの、ギャラリーレンタルは突然に、めでたく表参道のパミーナに決定したのだった。
いま思えばとても幸運な出会いだったと思う。そこから僕は3年間、毎年ギャラリーパミーナで個展を開催し、福内さんの応援のもと駆け出しのイラストレーター時代を過ごした。
時は経って、2025年の春頃。イラストレーターとして活動を始めてから12年ほどが経ち、すっかり僕も中堅くらいのキャリアになってしまった。
ありがたいことに仕事も増え、打ち合わせで都心に出ることも多くなったある日、その日はたまたま表参道のデザイン事務所で新しい仕事の打ち合わせをしていた。
無事デザイナーとの打ち合わせも終わり、そのまま家に戻ろうとした時にふと「そういえばこの辺、パミーナに近いな」と、頭のなかで一瞬、福内さんの顔が浮かんだ。
「最近、福内さん元気してるかな」
最後の個展からだいぶ月日が経って、長らく福内さんにも会っていなかった。いい機会だと思い、僕は孫が祖母に会いにいくような感覚で、打ち合わせから帰る前にパミーナに寄っていくことにした。
表参道ヒルズの裏手の路地から坂を上がり、少し歩いて左に曲がる。そのまま通りをしばらく行くと左手に見えてくるのが、可愛いエメラルドグリーンのギャラリーパミーナ……が、ない!
「ない!! パミーナ!!がない!」
そこにはあるはずのギャラリーパミーナはなく、まさかの「売土地」と簡素に書かれた看板とともに、まっさらな更地が広がっていたのだ。
「……」
僕は愕然とした。まるでドラクエで最初に出発した故郷の村が、久しぶりに戻ってきたら魔王の手によって消滅させられてしまっていた時のような気分だった。
「そんな……どうして……」
しばらく更地になった旧ギャラリーパミーナ跡をただ呆然と眺める。その後、なんとも言えない気持ちを抱えながら、諦めるように僕はトボトボと表参道駅に向かうことにしたのだが、大通りに出たところで、やっぱりどうしてもギャラリーのことが気になってしまい、悩んだ末、迷惑を承知で電話帳に残されていた福内さんの携帯番号に電話をすることにした。
「プルルルルル」
「はい、福内です」
久しぶりの電話で、もしかしたら繋がらないかもしれないと思っていたが、福内さんはなんともあっさり電話に出た。
僕 「あ……福内さんですか! 中山です、すみません突然。ずいぶん昔に展示させていただいてた中山です。覚えてますか?」
福内さん 「あらー覚えてますよ! もちろん! ご無沙汰しています、お元気でしたか?」
福内さんは変わらぬ上品な口調で応えてくれた。僕はその声に少しホッとして、いま表参道にいることを伝え、なくなったパミーナのことについてうかがうと、どうやら建物の老朽化の関係で数年前に建て壊しが決まってしまったそうで、そのタイミングで泣く泣くギャラリーを閉めたとのことだった。
僕 「なるほど、そうでしたか……」
福内さん 「そうなんです。ごめんなさい、連絡もできずに。でもいま、原宿の方でまた小さなお店をやるために準備してるから。またオープンしたら是非いらしてください」
そう言って福内さんは元気にこれからのことを話してくれた。
続けて僕も数年溜まった近況報告をし、数分の間、大勢の人が通り過ぎる表参道の大通りの端っこで、僕と福内さんは久しぶりの会話を楽しんだ。
福内さん 「それではまた」
僕 「はい、また。ありがとうございました」
電話を切った後、イラストレーターとして自分にもささやかながら、物語があるんだと実感してちょっと嬉しい気持ちになった。
この物語が終わらないようにしないと。










