僕の色メガネ

第一話  「各々の色メガネ」

DyyPRIDE a.k.a. 檀廬影

 これから書き連ねていくエッセイでは、僕の色メガネを通して見えて来たものを、不完全なる完全さを持った言語という名の原始的な魔術を駆使して紡ぎたいと思う。

 第一回目ということもあり、はじめに何から書き出そうかと考えた時に、まずはこの連載の題名になっている「色メガネ」というコトバの意図や主旨について書いていこう。

 しかしいきなり本題に入るのも芸が無いから、色だけに色恋について少し書こうと思う。

 近頃心臓の働きが怪しくなってきて救心を愛飲している。原因はもしかすると度重なる失恋による心痛かもしれない(笑)。

 「三つ子の魂百まで」とはよく言ったもので、幼稚園児の頃からエロ本を立ち読みして大人に注意されても意に介さない図太さとすけべえ根性の持ち主で、それは今も変わらず健在である。僕は非常に矛盾の多い男で、筋の通らない話もたくさんするとは思うが、どうか御勘弁していただきたい。自分のことは自分が一番よくわかるなどと豪語する人間を見かけるが、正直言って正気を疑う。自分自身こそ最も身近で最も謎に満ちている。昨日の自分も明日の自分も他人みたいなものだと僕は思っているから。

 若い頃は「据え膳食わぬは男の恥」という甲斐性無しの名文句を真に受けて幾度となく後悔もした。だから大人になってからは何をする時も、こと情事に至る時は、特別に胸に手を当てて心が首を縦に振らない限りはしないことにしている。そのせいで何人の女性の怒りを買い怨まれたか分からない。

 しかし行為に至った相手よりもむしろ、運命の歯車が燃えて空回り脱輪し、地平線の彼方に転がり去ってしまうその後ろ姿を眺めながら自分一人其処に取り残されてしまった時、彼女の表象の残影は心に居座り続ける。

 急な土砂降りに普段なら入らない建物の軒下にずぶ濡れで入ると、丁度同じようなタイミングでバッタリその場に入り互いを見合わせて一瞬心が通じ合ったようで、二人で「アッ」と言いかけるような素振りをする。お互いに何か言いたげだが言葉が出ない。ただ土砂降りの景色と音を背景に長い時間見つめ合っている。僕はふと我に返り褐色の顔を赤く染めて、他に行くアテも無いのに土砂降りの中に速足に飛び出してしまったりした。そんな時には何故か三島由紀夫の遺した「ロマンチストは大抵ハニカミ屋だ」という言葉が雨に濡れた脳裏を過ぎったりした。

 十代の頃、新しくできたミュージックバーで知り合い、意気投合して朝まで一緒に飲み踊り、どういうわけか「来週もまたこの店で会おう」などというキザな台詞と共に連絡先も交換せずに別れ、翌週急用が入り行けないでそのままになっているうちに、少ししてその店がすぐに潰れてしまったと聞いた。その相手とは再会できずに終わった。

 そのまま進展していたら若くに子供ができて、今ごろ成人間近の子供がいたかもしれないと空想してみたりもする。

 こういう相手ほど、却って今頃どうしているだろうかと思い出して何故か切ない気持ちになることがある。

 関係ないが、僕は昔からゲイ男性に好かれるようだ。新宿二丁目にも一度くらいは遊びに行ってみたいが、通り抜けるために歩いているだけで見知らぬ男に盗撮されたり、信号待ちをしている車のドライバーが、僕に見惚れて青信号に気づかなかったりする始末だ。あんまりモテ過ぎても難儀だと考えると腰が重くまだ行けていない。

 何より勝手がわからないし、ヘテロセクシャルが紛れ込んでいいものか、きっと色々なルールがあるに違いないだろうから。

 しかし、一度だけ独り旅で訪れた地方港湾都市で入ったショーパブに、いわゆるニューハーフが数人おり、社交辞令かもしれないが、その中の一人が僕をタイプだと言ってくれた。その子もきれいだったが、数人の中で特別な美人がいて、見ていてクラクラする程の美貌だった。話術は巧みで面白く、性格はさっぱりとして爽やかで、うっかり惚れる寸前で、デートしたいと思い食事に誘ったがフラれた。恋愛はいつでもすれ違いばかりだ。

 その店の彼女達は誇らしげに「全て工事済よ」と言っていて、その屈託のない姿に、こちらも微笑ましい気持ちになった。

 さて惚れっぽい僕の恋愛談はこの辺で店じまいにして。そろそろ本題に入りましょうか。

 読書など一切したことがなかった僕が二十歳の時にラップを始め、語彙を増やすため読書をするうちに言葉が少しずつ面白いと感じる様になり、歌詞や文章を書き始めたが、何度言葉を連ねた紙をぐしゃぐしゃに丸めて捨てたか分からない。何とか作品を作った後も、「言語表現」という名の魔物に限界を感じもう止めようかとも思ったし、実際に数年間ほとんど何も作る気力もなく、ダラダラと日銭を稼ぐ為の仕事に忙殺されるだけの魂の抜け殻の肉の塊でほとんど正気を失っていた。僕の周りだけ時空が歪み、時の経過がおかしくなった様で、気付けば無意に歳だけをとってふと我に帰った。竜宮城を探して旅立ち、結局何も見つけられずに中年になって帰って来た浦島次郎になってしまった。

 言語と言うものは原始的であり、非常に曖昧で抽象的なものだと思う。そこまで断言する僕がなぜあえて言語を使うのか? それは言語化できないナニモノかをエネルギー的リズム的言語的パターンを駆使してある種の表象を創り、ソレをほんの一雫でもこの世に滴らし、波紋を広げたいが故であると思う。当然誤解も生じるだろうが、そのことは今の地上で生きている人間である以上は一度諦め、不完全なる完全さを胸に再び歩まねばならない。

 限界を感じもしたが、其処を出発点としてもう一度やってみようという気になった。言葉にならない何かを言葉で紡いでいこうと思う。この言語という名の混沌と僕の不思議な関係については、また改めて別の回で書きたいと思う。

 結論から言えば、人間の生きるこの社会とは共同幻想であるということ。

 「色眼鏡」とは、一般的にはどちらかといえば悪い意味で使われることの方が多いのではないかと思う。しかし人間誰もが自分独自の「色メガネ」で物事を判断しているはずだ。その事実を忘れてはならない。その根本的な原因に対し無自覚に生きることによって世界中の殆どの不和軋轢が生まれているのではないかと考える。

 僕は口が達者な方で黙っていられないタチなので、喧嘩するので無しにただただよく人と議論した。相手が年上でもあまり遠慮しないし、思いを率直に話しているつもりがいつの間にか相手は言い包められて降参してしまうことも少なくない。だから、今までに何人の人間を辟易とさせてきたかは分からない。人は言い負かされた様な形になれば、理屈では理解していても感情が許さない。

 仮にどちらも引かなければ平行線を辿る。だから僕は議論の不毛さを痛感し、やらないことにした(深酒していない時に限る)。一応は発言することもあるが、それはおかしいと言われようが、逆にこちらがおかしいと思おうが言い合って何かが変わるわけでもなければ、誰もいい気持ちにもならないということに気が付くのに三十数年も要してしまった。若い時分に付き合っていた彼女からは『あなたはいつも正論過ぎる』と言われていて、当時の僕には理解不能だったが、今なら解る気がする。

 全員で脳みそを共有しているわけではないのだから当然だ。「共感」という単語すらも再考察する必要があるのかもしれない。しかしその虚しく不毛な議論の残骸の山の記憶が、今この文章を書くことに繋がっていると考えてみると、どうやら無駄なことも必要なようだ。「人間万事塞翁が馬」という有名な諺がある。僕はこの諺が非常に好きで、知ってから少し楽観的になり、不幸な出来事も楽しめる様になった。不幸が無ければ幸福も存在し得ないし、何よりこの文章の書き手も読み手もおそらく百年後には生きてはいないだろうから、どうせ死ぬのならニッコリと笑った笑顔の髑髏になりたいと思っている。火葬し終えて出てきた笑顔の髑髏を見た人達には笑って欲しい。笑いを堪えていただいてもまた趣があってよろしい。ちなみに、僕が母の腹の中にいた時に撮影されたエコー写真に映った影でも、その顔は笑っていた。

「人間万事塞翁が馬」

 僕は社会の爪弾き物だと自覚している。その立場から好きに言わせてもらおうと思う。

 肉体があり、自分がおり、他人がいて、モノに囲まれ、物質次元を生きている以上は、相対的な判断しか基本的にはできない。

 数十年生きてきて、自分なりの色に染まった色メガネで見て考察していこうと思う。

 常識やステレオタイプ。例えば今は使われなくなったらしいが、絵の具の「肌色」という名前の付いた色もそうだ。あの薄ピンク色を肌色だと信じ込まされて来たが、褐色の肌を持つ僕は、当然疑問に思った。「肌色って何色だろう?」と。そういう体験から少し変わった視座を得た。

 多様性に対する認識にも関わる話だ。近頃一般的に言うと多様性=LGBTQのような構図が出来上がってしまっていると感じるが、それは「多様性」という言葉の本質を深く考えていない人々が現代的で何となく耳触りの良い「ダイバーシティ」を多用したことに起因するのではないか。こんな誤解を生んでしまうくらいなら、最初からカテゴライズせずにいれば良いものを、と思ってはしまうが。何かの枠にはめ名前を付けて区別して、それで初めて知覚できるのだから仕方がない。問題はその先だ。もしも世の中の全員が無自覚に「これが常識だから」とか「これはこういうものだから」と言っていたら、人類は今頃まだ素っ裸で木の実を摘んで生きているかも知れない。僕はソレでも構わないけども、それはさておき。

 人間は独立した個々の脳を持って生きていて、共有している人はほとんど皆無に等しいという、至極当たり前過ぎて退屈千万な話から認識し直さねばならないと思う。

 全員違う脳みそが詰まった頭蓋骨を首に乗せて育った環境も教育も異なり、泣きたい夜や、恋が叶いそうで叶わずに深酒をして竹林に吐いた夜、好きな子のリコーダーをこっそり吹いた小学生時代(僕は今のところ未経験だが)、そういった全ての肉体と経験を通して、今この瞬間、まさにこの瞬間にあなたや僕の意識や感覚や自前の色メガネの色や形が出来上がっているわけです。

 好きに思えばいい、明日の自分も信用ならないのだから。僕は人と違う見た目のせいで掛けている色メガネも大きく違う。大衆と呼ばれる比較的一般的な層の人々も本当はそれぞれ違う色のメガネをかけているはずなのに何故か全員が同じ色で見えていると錯覚している人が多いように見受けられる。

僕は迎合したかった しかしそれは 許されず

暗いだの何だのとよく言われるが誰にでも二面性はあるだろう ソレはジキル博士とハイド氏のペルソナと真我の表裏が少し広く解離しているだけだ

言語限界と自分の運命を呪い痛みを乗り越えた先でソノ色付きメガネの涙の曇りは消えて自分なりに鮮明に見えるようになると信じている

 正解なんてなくていい。どんな狂人の見る幻覚も、本人にとっては現実と変わらないであろうから、ただ一つの真実はない。皆違う視点で見ているだけだ。だから僕は議論を好まない(酩酊している時以外は笑)。「普通」とは何か? 僕ほど「普通」に心焦がれた人間はいないんじゃないか。

 僕の色メガネは一般的な日本人とは少し違うかもしれない。語弊を恐れずに言えば、遺伝子も違う。男と女の特性が違う様に。

 僕は暑さに強い。周りの友人達が入るのも一瞬躊躇する程熱い湯の張られた風呂に長風呂しても、バテずに涼しい顔をして入浴していると、周りの友人達が僕に「痩せ我慢するな」と冷やかして騒ぎ立て、僕が「自分にはちょうどいいよ。熱いのが好きなんだ」と言っても、「嘘つけ!」と言って笑い涙に自らの頬を濡らして信じない(笑)。これは明らかにアフリカ人の遺伝だと思う。ハーフなのでこの特性の出現平均確率は50%であるはずだ。アフリカ人のハーフ全員が、この体質を得るわけではないと思うが。

 そして風貌が一般的な日本人ではないが故に、またアイデンティティを形成する上で、性格もどう足掻いても平均的にはなり得ないであろうと思う。

 つまり、先天的及び後天的に異質な新しい日本人が作られたわけである。

 そんな僕がかける色メガネの色は、やはり少し異色かもしれないが、周りの人々をよく観察してみてほしい。

 どんなに近しい、或いは似ていると思う人でも、全く同じ色メガネをかけて生きている人間は誰一人としていないはずだ。

 もしもそんなわけはないと言うのなら、それはそう思い込まされ、幻想を見ているのだと僕は思う。軍隊式の教育の弊害でありそもそもの狙いでもあったと思うが、グローバルだ多様性だと唱える現代に於いてはマイナス面が目立つ。

 僕は生まれた時から一般的な日本人とは見た目が違う。人に説明するだけで喉が渇きそうなほど複雑な家族構成で育ち、家族兄弟親族全員の中で僕一人だけハーフで、苗字も一人だけ違った。だから僕の持つメガネは他の人と大きく違った。しかし、それは僕が望んで手に入れたものではなくて、僕はいつでも普通になりたかった。みんなと同じ色のメガネをかけて生きたかった。みんながかけている色のメガネを置いている場所の周りをぐるぐる回って「売ってくれ売ってくれ」と方々を訪ね歩いた。しかし何処一つとして、僕にソノ色メガネを提供してくれる場所はなかった。仕方なくポケットに入っていた自分以外が掛けているのを見たこともない奇天烈奇想天外な色形をしたメガネを掛けて、世界を観ることにした。

 多くの人が言語にしても常識にしても一つの正解があると思い込んでいるようだ。しかし、目の前に立っている人、目の前に座っている人、横にいる人、もしかしたら鏡の中にいるこちら側とは、左右不対象の世界の中にいる自分自身が掛けている色メガネすら、少し違う色の光を放っているかもしれない。

 この世界は、相対的である。

 稀有な経験をしたことが少ない人間は、ただそれだけの理由で変わった人生を歩んでいる人が存在することすら信じられず、受け入れられないようだ。無理もないが、人間の運命というものはそんなもんじゃないと僕は思う。誰にも信じてもらえないような特異な人生というものも存在するのだ。そういう様々な人生によって作られたみんなが持っている色メガネで人や世間を見るんだから、それは同じものを見ていても、全く別の認識をすることの方が自然なことで、一つの正解があると言う前提で人と話すこと自体が間違っている。

 「一つの現実」という概念は幻想だ。

 現在の常識は、百年後の非常識です。

 常識や言葉は便利な共同幻想ではあるが、それを意識しない人が多過ぎる。それは多くの日本人個人が自分を平均的だと信じているから、尚更共同幻想の影響と弊害が大きくなっているのかもしれない。そのこと自体が負のループを生み、  

 「平均的な日本人」そのものを酷く苦しめていると僕は思う。

 数十年間、日本という国で黒人のハーフとして生きて来て、思うところを考察しまとめてみようと思う。

 そこでまず考え、主軸に置こうと思った概念が他でもないこの連載の題名である「色メガネ」というものだ。

 一般的に物事を「色眼鏡で見る」と言えば、悪い意味で使われることが多いようだが、そもそも物事を自前の色メガネで見ていない人間はこの地上にいないだろう。もしいるとしたら、解脱し抜け殻の肉体を肉の置物として地上に飾り、意識だけは宇宙の何処かの集合意識に溶け込んでしまっている聖仙くらいのものであると思う。

 そんな高尚なお人は例外としてひとまず置いておいて。

 僕はいつも「普通」に憧れていて社会に迎合しようとした。なぜ僕一人だけが学校でも家族兄弟の中ですら違うのか理解できず、その時から人間に対する強い興味と絶望の入り混じったような思索が始まった。

 自分以外の人間がある一つの事象を観察、あるいは体験した時に感じる印象や感覚は違うはずなのに、何故か100%とは言わないまでも、皆ある程度は同じ感情や印象を抱くであろうという前提で、社会が核構造的に世界全体に広がってしまっていると思う。

 こと日本に於いては、よく言えば和の精神、悪く言えば同調圧力という名の下、これがより顕著に支配している社会と言っていいだろう。どんな物も一長一短コインの裏表であると思うから、これが一概に悪い事だと言うつもりは無いが、ただあまりに無自覚であるように見受けられる。皆違う色メガネをかけて物を見て聞いて体験しているという自覚無しに物事を正しく判断するのは非現実的だと思う。あくまでそれは自分の主観に過ぎないという、ただその自覚がある事により、初めは苦しいかもしれないが皆違って当然なのだと物事を正しく見極める判断材料が増えるのだ。

 皆同じか、少なくとも似たような視座で物事を捉えているという前提は、社会や国民をコントロールする側の仕事も容易にするし、日本国民である我々も「皆と同じである」という安心感を得る(これは集団行動をする動物の生存本能の一部でもあろうけれど)。しかし個人が容易に情報を発信できる現代にこそ、その弊害の大きさも自覚する必要があるのではないか?

 僕は仕方のない人間になってしまったかもしれないが、次世代の子供達や若者に同じ体験をして欲しいとは思わない。

 最初は苦しくとも、その先に本質が見え隠れし、そのまた先にマイノリティもマジョリティも区別無く、真に多様的で互いに寛大で生きやすい豊かな社会が築かれる事を願う。

 古より、連綿と続く悠久の時の中で巨大人間ピラミッドの人柱となった御先祖様方が安らかに眠れるように。

DyyPRIDE a.k.a. 檀廬影

DyyPRIDE a.k.a. 檀廬影

平成元年、横浜市生まれ。日本人とアフリカ人とのハーフ。12歳で精神病と自殺衝動を発症し、二十歳よりDyyPRIDE名義でラップを始める。2011年 音楽レーベルSUMMITから1st ソロアルバム「In The Dyyp Shadow」、グループSIMI LAB 1st アルバム 「Page 1 : ANATOMY OF INSANE」、2013年 2nd ソロアルバム「Ride So Dyyp」、2014年2nd グループアルバム「Page 2 : Mind Over Matter」をリリース。2017年 SIMI LABを脱退。
2019年4月 処女小説「僕という容れ物」を立東舎より出版。
2024年 3rd ソロアルバム「THIRD EYE」リリース。