1ヶ月ほど前のある日の夜、僕は用事のために車を出そうと自宅隣にあるガレージへ向かった。
その日はだいぶ夜も遅く、翌日も朝から予定があったため僕は足早に車中に乗り込みガレージから車を出して目的地に向かおうとしたのだが、カーナビに情報を入れ、一度車から降りてガレージのシャッターを閉め再度車に乗り込んだ時、とある異変に気づいた。
目の前のフロントガラスに謎の足跡のようなものが無数についているのだ。
「!」と一瞬、思わぬ目の前の景色にびっくりして夜の車中でかなり動揺したが、その後少し冷静になってその足跡を数秒観察してみる。するとそれがどうやら猫の足跡っぽい、ということがわかった。
「この前、コインパーキングに駐車した時に猫が歩いたのかな」
とフロントガラスに足跡がついた原因を車中で推察したが、そうであればコインパーキングから出庫するときに気づくだろうし、沢山の足跡がつくのも不自然な気がする。
予想外の事態に夜の用事そっちのけで僕は数分間、その足跡について考えていると、ふと車を駐車しているガレージの方に目が向いた。
「……まさかな」
と思いつつ、僕は車から降りて今しがた閉めたばかりのシャッターをガラガラとあけ、念の為ガレージ奥にある畳一枚分程度のスペースに積んだダンボールの棚を覗いてみることにした。
するとそこにはダンボールをベッドがわりに、気持ちよさそうに寝ている野良猫が一匹いるではないか。
中山「……」
猫「……」
中山「……君か」
猫「……」
昼間にシャッターを開けて荷物の整理をしていたので、おそらくその時に忍び込んできてしまったのだろう。
僕の声に目を覚ましたその灰色の毛をした野良猫は、どこかふてぶてしく、僕に見つかった後もそのダンボールベッドから動こうとしない。
中山「……」
猫「……」
中山「……」
猫「……」
しばらく猫との見つめ合いが続いたが、一向に動いてくれる気配もなく用事も控えている手前、これでは埒があかないと思ったので僕はひとまずガレージのシャッターをわずかに開けた状態でその場を離れることにした。
「ここ開けとくぞー、早く出るんだぞー」
とシャッターの外から、まるでなかなか布団から出てこない子供に声を掛けるように猫に注意を促し、車を出す。
そのあと用事を済ませ、ほどほどに疲れも出てきた深夜12時過ぎ、再び車でガレージに戻ってきた。
そして先ほど猫がいたガレージ奥のダンボールのところへいってみる。
猫「……」
中山「……まあ、そうだよね」
たいてい子供も居心地のいい布団からはなかなか出てこないものだ。
「いやでも、そろそろ出てもらえないかな。シャッター閉めたいんだけど」
と深夜、誰もいないガレージで猫相手に会話を試みる自分。もしご近所さんにこの状況を見られたらと思うと非常に恥ずかしい。
その後も一向に動こうとしない猫に結局根負けして、その日の夜は朝までシャッターを開けることにした。
「朝までには出なさいよ!まったく!」
と最後は怒ったお母さんのような口調でガレージを後にし、僕も部屋のベッドで眠りにつく。
そして翌日、朝起きてすぐにガレージに向かい隙間のあいたシャッターを勢いよく開け、恐る恐る奥のダンボールを見にいくと、そこに昨夜いた灰色の猫の姿はなかった。
「帰ったか……」
ガレージに猫がいないのを確認してホッとした僕は、安堵感とほんのわずかな寂しさを感じながらガラガラとガレージのシャッターを下ろし、鍵をかけて部屋に戻った。
それから数日が経ち、自分の車を洗車せねばと思いつつも、忙しさにかまけてしばらくその猫の足跡がついたまま車を運転していた僕は、運転しながらフロントガラスを見るたびに、ふてぶてしいあの灰色の猫を思い出すようになっていた。
どれだけささやかな出会いだったとしても、急にいなくなってしまうと寂しさを感じてしまうのは、僕がやや歳をとったからだろうか。
そんなフワフワした思いを巡らせながら、つい先日夕方頃に仕事を終えて帰宅した時、偶然にも家の前でノソノソと歩くあの灰色の野良猫とバッタリ再会したのだ。
中山「あ! お前!!」
猫「……」
中山「もうガレージに入るなよ! いいな!」
猫「……」
相変わらず態度の悪いその猫は僕を横目にチラッと見て、そのままどこかへ行ってしまった。 そろそろ洗車しないとな、と思う。