日々のはなし

06 はじめまして、プロレスラー

中山信一

今年の5月、とあるギャラリーでフリマイベントのような会に参加させてもらっていた時、僕は自分のブースで自作したグッズやイラストを並べながら来場してくれるお客さんたちに接客をしていた。

SNSを見て来てくれる人や、近隣に住む人たち、出展者に会いに来た友人など、会場は様々な人たちで大賑わいだ。

そんな盛り上がりを見せるイベントの最中、1人ひときわ体格のいい男が会場に入ってきた。

Tシャツに短パン、大きなバックパックを背負ったその男は、体格を見る限り、明らかに体を鍛えているのが一目で分かる。

二の腕の太さは遠目から見ても「太い……」と分かるほどで、僕は「きっとなにかスポーツをしている人だろうな」と、ブースに立ちながらぼんやり思っていた。

そんな彼が会場に来るなり、僕のブースにスススーッとやってきたのだ。

一瞬「え?」と思いつつ、ブース前に立った彼に「こんにちは」と僕が挨拶をすると、その大きな体格、迫力のある筋肉とは裏腹に、実に爽やかな笑顔で彼は「こんにちは!」と返事をしてくれた。

体格に気を取られていたが、その男は思っていた以上に若い青年だった。

話を聞くと、今日は友人からのお願いで僕のグッズをわざわざ買いに来てくれたらしく、また彼本人もイラストや芸術に興味があるそうで、とても楽しそうに僕のグッズや作品を眺めてくれている。

「そうでしたか、わざわざありがとうございます」
と会場に足を運んでくれたことに感謝しつつ、僕もグッズの紹介や絵の話などをしながら楽しいひとときを過ごした。

その後、ひとしきり彼との会話にも区切りがついたところで、お目当のグッズも購入してもらい商品を袋に入れて手渡そうとした時、不意に彼が履いているズボンのデザインに目がいく。

そこには柄っぽいデザインとともにローマ字で「MMA」と書かれていた。MMAとはMixed Martial Arts、つまり総合格闘技のことだ。

こう見えて意外と格闘技が大好きな自分。

僕は彼が履いているズボンを見て「間違いない……!」確信し、グッズを渡し終えた直後に「あの、なにか格闘技とかスポーツやってます?」と思い切って聞いてみた。

すると

「はい!僕、プロレスラーなんです!」
と、なんとも予想を上回る答えがポンッと返ってきたのだ。

「プロレスラー!?」

僕はてっきり格闘技でも習っている体育大学の学生とかかな、と思っていたがまさかプロレスラーだったとは……。

思わぬところでのプロレスラー登場に僕はかなり驚いた。そもそもプロレスラーに出会うのも初めてだし、プロレスラーがギャラリー主催のフリマイベントに来ることも誰も予想していなかっただろう。

詳しく話を聞いたところ、何を隠そう彼は新日本プロレス所属のマスター・ワト選手。現役バリバリ、正真正銘のプロレスラーだったのだ。

「す、すげー!! プロレスラーだ!本物のプロレスラーだ!!」
と、なんだか「プロレスラー」というワードを連呼してしまい、まるでキン肉マンに初めて会った少年のような気持ちになった僕は、ついついマスター・ワトこと、その彼に商品を渡した後も色々と前のめりに話を聞いてしまった。

なんでプロレスラーになろうと思ったのか、一番しんどい時はどんな時か、普段はどんな生活をしているのか、などなど。

ここに会話した全てを記すことはできないが、小学生の頃からプロレスラーになることを夢見て努力を重ね、高校卒業とともに新日本プロレスの門を叩き、プロデビューを果たした後、2023年に開催された「BEST OF THE SUPER Jr. 30」で初優勝を飾ったそうだ。

ただ今年のはじめに怪我をしてしまい、今は試合に出ることができず、復帰戦に向けて体を鍛えている最中だという。

立ち話ということもあって、今日に至るまでの彼のプロレスラー物語をざっくりとしか聞くことはできなかったが、その屈託のない笑顔とともにピュアなプロレスへの熱い気持ちと思いを語る、真っ直ぐな若き青年を見て僕はただただ「かっこいいなあ」と、終始感心していた。

思えば「ぼく、ヒーローになりたい!」とか、「ぼく、カレーライスが一番好き!」とか真っ直ぐな瞳で答えていた、いつかの中山少年も30年ほどの時を経て、夢は何かと聞かれれば

「夢ですか? ん~そうですね、何だろうな~、ん~夢か~……ん~ちょっと待ってくださいね、改めて聞かれるとなんだろな……えーっと……え? 好きな食べ物? 1つ選ぶとしたらですか?
いや~ひとつかぁ~困ったなー、日によって食べたいものって違うし~、どれも捨てがたいな~……ん~……ちなみにベスト3とかじゃダメですか?」などと、曇りきった生ぬるい回答しか出てこない。

「今一度、青く澄み切った素直な心を取り戻すのだ! さあ!」と目の前のマスター・ワト選手の眩しい笑顔が僕に語りかけてくるようだ。

そうして最後に一緒に記念写真を撮り、丁寧にお辞儀をしながら僕のブースを後にしたマスター・ワト選手は、そのあともギャラリーの各ブースをたっぷり巡って買い物を楽しみ、満足そうにギャラリーを去っていった。

「面白い出会いもあるもんだ」と改めて、絵を通して色々な人に出会える喜びを噛み締めつつ、彼が帰った後、話の途中で出たインスタグラムのアカウントをフォローしようと思い、ポケットからスマホを取り出し彼のアカウントページを開くと

そこには一言

“I will be the Grand Master…”
(私は最高のプロレスラーになる)

とプロフィール欄に書かれていた。

「いいなあ」

復帰戦には是非とも足を運びたい。

中山信一

中山信一

イラストレーター、ラッパー
1986年 神奈川県生まれ。広告や書籍、アパレルグッズ、絵本などのイラストを手がける他、個展などで作家としても活動。またHIPHOPユニット「中小企業」のラッパーとしても活動しており、2021年7月に初のソロアルバム「Care」をリリース。東京造形大学 非常勤講師。