日々のはなし

08 沖縄でのプール競争

中山信一

数年前の11月頃、僕は仲の良い先輩2人と一緒に男3人の沖縄旅行に出かけていた。時折涼しい風が吹くとても快適な11月の沖縄。

ヒュイーーーン……という別の飛行機が飛び立つ離陸音を耳にしながら、僕は初めて降り立った沖縄に胸を躍らせていた。

「いや〜いいな〜沖縄! 最高だなあ〜」と、特にまだ何も沖縄らしいこともしていないのにテンションが上がる自分。

穏やかな沖縄の空気に包まれしっかりビギンのCDも那覇市内で購入した我々は、観光もそこそこにひとまず予約した宿泊ホテルへと向かうことにした。

レンタカーでホテルに到着すると、インターネットの予約サイトで見た写真よりも、ずいぶんと立派で綺麗なホテルに一同驚く。

しかもオフシーズンということもあってか宿泊客もあまり見当たらず、ホテルもかなり静かだ。

「……最高じゃないか」

閑静なロビーで早速チェックインを済ませた僕らは3泊4日分の荷物とともにいそいそと部屋に入り、このあとの夕食の時間までどう過ごすか話し合っていた。

「夕食まで少し時間があるけど、どうする?」

「そうですよね、どうしましょうね~」

「どうしようかね~」

ノープランで沖縄にやって来た我ら。ベッドに横たわりながら、のんきに雑談をしつつ時間を潰していると、ひとりの先輩が
「お、プールあるじゃん! プール行こうよ!」と机に置いてあった案内ファイルを見ながら言った。

オフシーズンでも開放している屋内プールがあったのだ。

「おお! いいですね! 行きましょうプール!」

「いいね! 行こう!」

僕ともうひとりの先輩もプールに大賛成し、僕らはそれぞれバッグから持参した水着を取り出し、再び静かなロビーを抜けてプールがあるフロアへ向かった。

到着したプールは開放的な全面ガラス張り、ジャグジーとサウナ付きで、窓からは沖縄の青い空と海が広がる、まさに“どうぞ沖縄を存分にご堪能あれ”と言わんばかりの最高なシチュエーションだった。

さらに僕ら以外にプールを利用している人はおらず、貸切状態。

そんな思わぬ嬉しい状況に大喜びの3人は、早速プールに入りそれぞれ好きに泳いだり、ぷかぷか浮かんだりして、きゃっきゃとはしゃいだ。

そしてある程度プールを満喫したところで、また先輩が「誰もいないし、ちょっと競争でもするか」と言い出した。

「競争?」と僕が返すと「ここから向こう側のプールの端まで、一番先にゴールした人の勝ちね」と先輩が説明し、突然男3人だけのプール競争をやることになったのだ。

観客は優しそうなプール監視員のおじさんただ一人。

別に遊びのなかの競争なんだから、大して意地になることもないのだが、そこはなかなかなどうして“競争”と言われてしまうと負けたくないのが自分の性分で、会話のなかでは
「わかりました、やりましょう!足つっちゃいそうだなあ」とかなんとか軽い返事ですませたが、心のなかでは
「オラが一番!! 最初のスタートダッシュから猛烈クロールで圧倒的フィニッシュだぜ!!」
などと、コロコロコミックの主人公ばりに燃えていたのである。

そうしておよそ長さ20mほどのプールで、競争が始まった。

「よーい、どん!」

先輩の掛け声とともに、一斉に水中へ潜りスタート。

僕もすかさずプールの壁をキックし泳ぎだす。

ちなみに僕は普段メガネをかけているが、当然プールでは裸眼だ。

ゴーグルもつけずに勢いまかせに手足を動かし、必死のクロールで“絶対1位になる!”と意気込んで無我夢中で泳ぐ。

視界は全くと言っていいほど何も見えず、何回かの息継ぎで一瞬垣間見る外の景色も、ぼやけていてよくわからない。

今どこらへんを泳いでいるのか、先輩たちはどの辺りにいるのか、自分が先頭なのかどうなのかもわからないまま、とにかく全速力で向こう側のプール端を目指した。

そして何メートルくらい泳いだかもわからないまま、クロールを続けていた次の瞬間、
「ゴッッッッッ!!」という大きな音とともに、眉間に鈍痛が走った。

「ふごふぉ!!ブクブクブク」と突然の水中での激痛に息を吹き出し顔を上げる自分。すると眉間からは綺麗な血がピューっと勢いよく流れているではないか。

僕はあまりにも必死に泳いでいたため、ゴールに気づかず全速力のままプール端に顔面激突したのである。

「い……痛い……」

僕は突然の“顔面激突ゴールwith流血”という予想だにしなかった結末と眉間の痛みに困惑していた。

が、それよりも11月のオフシーズン、静かなプールに30歳過ぎの男3人が現れ、大人気なくはしゃぎ突然競争を始めたと思ったら、そのうちのひとりがプールに激突し顔面から流血、という一連の流れを高台から眺めていた監視員のおじさんの方が、さぞかし困惑かつ迷惑に思っただろう。

その後、突然の流血に大慌てのなか、監視員さんに手当をしてもらい幸い大事には至らなかったが、
沖縄に来て早々に顔面に傷を負ってしまった僕は、初日から眉間に大きな絆創膏を貼り鼻周りをパンパンに腫らしながら沖縄観光をすることになった。

ちなみに競争の結果は2位。

なんだかもう色々恥ずかしい沖縄旅行だった。

中山信一

中山信一

イラストレーター、ラッパー
1986年 神奈川県生まれ。広告や書籍、アパレルグッズ、絵本などのイラストを手がける他、個展などで作家としても活動。またHIPHOPユニット「中小企業」のラッパーとしても活動しており、2021年7月に初のソロアルバム「Care」をリリース。東京造形大学 非常勤講師。