日々の運動不足を解消するために、昨年から思い立ってスケートボードを始めた自分。
学生時代に少しやっていたものの、オーリー(スケボーに乗りながらジャンプする技)すらもなかなか綺麗にできない、いわゆる初心者なのだが、何事も下手くそからちょっとずつ上手くなっていくことは分かりやすく楽しいもので、ひとりで月2~3回、車に乗ってパークに行っては子供達や若者に混じってスケボーに勤しんでいる。
昨年の夏頃、その日はちょうど大きな台風が去った次の日で、台風一過のおかげで日中は夏らしい晴天だった。
「台風も去ったし、今日もスケボー行くかな」
と夜7時くらいに軽く準備をして、いつものように車でスケートパークに向かうと、普段煌々と灯っているはずのパークの電灯がついていない。
あれ……と嫌な予感を抱きながら、さらに入口の方に向かうと案の定、“台風後のメンテナンスのため本日閉鎖”と看板に書かれていた。
「……OH MY GOD!!」
スケートをやる時はどことなくアメリカナイズされてしまう自分。その後、真っ暗なパークでひとりポツンと立ち尽くし「しょうがない……」と悔しながらも、今夜のスケートを諦めてトボトボと車を停めた駐車場に戻ろうとしたその時、後ろから大きな声が飛び込んできた。
「え! マジ!? やってなくない!?」
振り返ると、そこには長いドレッドヘアーにダボダボのジーンズ、大きめのパーカーを着た男と、ディッキーズのハーフパンツにパンクバンドTシャツ、VANSの靴を履いた男2人組がスケボーを持って立っていた。
「……どう見てもスケーターだ」
僕はメガネをクイっとあげながら、スケーター完全体とも言える風貌の彼らに目をやる。
そして自分と同じくスケートをしにきたであろう2人に、心の中で「残念ですが本日閉鎖です……ガッデムです……」と同情を重ねながら、彼らを横目にささっと駐車場へ歩みを進めようとすると
「やってないっすよね? パーク」
とドレッドヘアーの男がすれ違いざまに突然、僕に話しかけてきた。
あまりにもナチュラルに声をかけられたので、一瞬動揺しつつも、我にかえって
「……!! あぁ~そうですね! やってないみたいです」と言葉を返すと
「そうっすよね! マジか~! どうする? せっかくきたのに」
「もうここら辺のどっかでやろうよ、てか絶対ローカルの人たちどこかにいるよ」
と、目の前で彼らはパーク付近のどこかでスケートをやろうと相談を始めた。暗闇で最初はわからなかったが、僕は声をかけてきた彼らが自分の一回りくらい年下の若者だとその時わかった。
そして2人は続けて
「お兄さんも一緒に滑ります? どっかありますよ絶対滑るとこ」
と、なんと僕にも一緒に滑ろうと、気さくにスケートを誘ってきたのだ。
なんてフランクなお誘い……僕は若者2人の積極的な会話と誘いに感謝しつつ「是非!」と答え、急遽そこから3人でスケボーができる場所を探すことになった。
台風が去った綺麗な夜空の下で、知らない若者2人と道路沿いを歩いて数分。
パンクバンドTシャツをきた男の子(名前を聞けばよかった……)が突然「まって! スケボーの音、聞こえる!」と言い出した。
するとドレッドの彼も「本当だ! こっちからだ!」と続けて、彼らはまるで虫が光に集まるようにスケボーの音が鳴る方へ駆けていく。
僕も2人の後を追いながら音の方に向かうと、そこには彼らが予想した通り、地元の人たちが集まる高架下のスケボースポットがあった。
「絶対あると思ったわ~!」
と嬉しそうに話す2人。僕はその光景を見ながら、若々しいなぁとただただ感心していた。
そんな2人のおかげで晴れてスケボーができることになった僕は早速スケボーに乗り、彼らと一緒のスペースでスケートをすることに。
僕の思っていた通り、2人はとてもスケボーが上手だった。難しい技を当たり前のようにやる。そして僕は彼らの鮮やかなライディングの隣で、上手く飛べないオーリーをひたすら練習していた。
しばらくして、淡々とオーリーを練習する僕を見ていた2人は
「空き缶くらいいけそうっすよ」「うんいけそう」
と僕に言ってきた。
「え?」
空き缶くらいいけそう、とはつまり「空き缶くらいの高さは飛べそうだよ」ということだ。
そして僕が言葉を返す間もなく、彼らは飲んでいた缶コーヒーを1つ、僕の目の前の地面にコンッ!と置き
「はい!いこう!」
と爽やかに告げた。
「……」
突然やってきた空き缶ジャンプチャレンジ。
ちなみに思っている以上にスケボーで障害物を飛び越えることは怖い。もちろんまだ挑戦したこともない。
「で……できるかな……」とピュアに恐怖に震えている自分にドレッドヘアーの彼が
「大丈夫。死なないから」と一言。
確かにそうだ。死にはしない。いつも絵を描いてパソコンやスマホばかり見ている自分には、なんだかその言葉が胸に刺さった。
そうして僕は覚悟を決めてチャレンジすることを決意し、スケボーに乗り、勢いをつけて空き缶に向かう。
ゴーーー!という音を立てながら、缶に一直線。たかだか数センチの空き缶がこんなにも大きく感じるものか……。
そして恐怖を押し殺しながら、もうぶつかる!!という直前で思い切ってスケボーのテール(後方)をキックし、ジャンプ!
「ザッサァーーー!!どちゃ!!」
僕は見事なくらい派手に転倒した。しかも転けた拍子に足をひねってしまい足首を負傷してしまった。痛かった。
「おー大丈夫っすか!」「ちょっとジャンプ早かったっすね」と心配としっかりアドバイスもくれる2人。
その後なんとか立ち上がったものの、足の痛み的にこれ以上滑るのは難しいと判断した自分は、泣く泣くスケボーを中止し先に帰ることにした。
「残念だけど今日は帰ります……」
「うす、おつかれっす!」「おつかれっす!」
最後に改めてスケボーに誘ってくれた2人にお礼を言い、慣れないグータッチをして駐車場に戻る。
痛めた足を少し引き摺りながら、いつもよりもゆっくり歩いて駐車場に到着し、バタンと自分の車のドアを閉めた。
「……」
一呼吸おいて腫れた足首をさすりながら、不思議となぜか少しニヤついてる自分。
「そういえば自分にも肉体があったな……」
と、どこか懐かしい気持ちになりながら家に帰る。楽しい夜だった。
