日々のはなし

15 いつかのカメックス

中山信一

先日、自転車で保育園まで娘を迎えにいく途中、家の近所にある大きな一軒家が取り壊されている現場にでくわした。

わりと古めの木造建築で立派な外観だったその家は、巨大なハサミがついた怪獣のような重機によってまるで紙を千切るようにメリメリッと大きな音を立てて、いとも簡単に壊されていった。

僕がそれを目撃したその日は、おそらく解体作業が始まって2~3日目くらいだろうか。

2階建てだったその家は、1階と2階部分の居住空間が既に剥き出しになった状態で、淡々と轟音を立てて取り壊されていく一軒家を、僕は自転車に跨りながら少しの間ぼーっと眺めていた。

「ああ、あそこは和室なんだ……あの壁の四角いシミはなんだろう、絵でも掛けていたのかな……結構広い部屋だったんだな」

と、もうすぐ無くなってしまう誰かの家に、どこかの家族の気配を感じて、なんとも曖昧でぼんやりとした切ない気持ちになる。

ただ「あっけないな~、儚いなあ」とセンチメンタルになる一方で、あまりにも手際よくパキパキと取り壊されていく様子を見て「ま、人生そんなもんか」と、逆に身体が軽くなるような気持ちにもなった。

養老孟司さんがいつかの取材で話をしていたのだが、人間の肉体はおよそ7年くらいで、全ての細胞という細胞が新しいものに入れ替わるらしい。

つまり7年前にあった自分の身体はもう今の自分には全く無いわけで、それでも「自分が自分である」と認識できるのは脳の中の意識によるものだけなのだそうだ。

そう考えると「形は無くなっても僕の心の中では生きている」という月並みな言葉も「確かにそうだよな」と頷ける気がする。

話は変わって、また別の日。

今度は車で仕事へ出かけた日の帰りに、たまたま小学5年生から高校2年生頃までの数年間を過ごした、横浜の借家近くを通り過ぎた。

「おお~懐かしい」と思わず声が出る。車を走らせながら当時暮らした家の近くの景色を見ているうちに自分が住んでいた家が今どうなっているか気になった僕は、通り過ぎた信号をUターンしてその借家を見に行ってみることにした。

どうなってるかな~と、気もそぞろに昔よく見た景色を走り抜けながら住んでいた家の前に到着すると、なんとそこに家は無く、代わりにコインパーキングが設置されていた。

「……コインパーキングかよ!」

もしかしたらリフォームされたり新しい家やアパートが建っているかも、となんとなくは予想していたのだが、まさかコインパーキングになってるとは。

ここでもまたぼんやりとした切なさが襲ってくる。しかも今回は予想外にもコインパーキングになっていたからか、ちょっとだけ悲しみも混ざっていた気がする。

そして車を止めて、少しの間その味気ないコインパーキングを眺めながら、ふと当時ここに引越してきたばかりの頃に、小学3年生になる妹を誘い家の裏にある電気メーター側の土に穴を掘ってタイムカプセルを埋めたことを思い出した。

カプセルは確か昔自分が持っていたポケモンのキャラ「カメックス」の貯金箱のようなものだった覚えがある。

僕と妹はワクワクしながら一緒に未来の自分にメッセージを書いて、そのカメックスの甲羅の中に手紙を入れ、親に見つからないよう借家裏の土の中深くに埋めたのだ。

そしてその後、高校2年生の時に引っ越しが決まって、すっかりカメックスのことを忘れていた自分はあれから時を経て、かれこれおよそ22年後のその日ひょんなタイミングでずいぶん久しぶりにコインパーキングとなった我が家に戻ってきたわけだ。

「……まあ、そりゃ22年も経てばコインパーキングにもなるか」

と、諦めにも似た感情でコインパーキングとなった我が家に見切りをつけ、車に戻って自宅に帰る。車を切り返して懐かしい道を逆走しながら今の自分の家に戻る道中、タイムリープ感というか、ちょっとSFっぽさを感じた。

そうして自宅に戻った時、改めてさっきまでいたコインパーキングを思い出し、

「……多分、3番らへんかな」

と、当時自分と妹が埋めたカメックスが、おそらくコインパーキングの3番あたりの地中に眠っているはず、とやや強引な想像をしていつかのカメックスに想いを馳せた。

僕らが埋めたカメックスはきっとまだあのコインパーキングの地中深くで、息を潜めているに違いない。

中山信一

中山信一

イラストレーター、ラッパー
1986年 神奈川県生まれ。広告や書籍、アパレルグッズ、絵本などのイラストを手がける他、個展などで作家としても活動。またHIPHOPユニット「中小企業」のラッパーとしても活動しており、2021年7月に初のソロアルバム「Care」をリリース。東京造形大学 非常勤講師。