Uberの配達をはじめたのは2019年で、コロナが流行りだす前だった。それ以前に、デリバリーのスキマバイトをいくつか試した。たとえば、家の近所で募集していた出前館のデリバリー。ダウンタウンの浜田さんがCM出演する前のことだった。会社に到着すると、赤い帽子と制服のジャケットを着用し、専用バッグを借りる。電動自転車に乗り、指導者に同行してもらいながらやり方を覚え、何度か練習した後に一人で配達をした。

その後、渋谷を中心に展開する配達会社や医療品などを扱うデリバリーなど、緊急事態宣言からしばらくしてさまざまなサービスが参入した。どれも試してみたが、最終的に自分に合っていると感じたのはUberだった。登録の手間が少なく、書類審査さえ通ればすぐにはじめられる。働きたいときにはじめ、疲れたらやめられる気軽さがある。現在続けているのはUberだけである。

Uberが今日まで継続しているのは、配達員の意見を取り入れながらアプリを改善し続けてきたからだろう。かつては行き先がGoogleマップの表示のみだったが、今では目的地への近道まで専用のナビゲーションが案内してくれるようになった。クレーム対応も改善され、フリーランスとして働く人々の助けとなっている面もあるはずだ。

ぼくは数年前に身体を壊し、4週間ほど入院した。退院後は、Uberで体力づくりをすることにした。新鮮な空気に触れたくて、無理のない範囲で自転車を漕いだ。最初は1時間、続けられそうなら2時間。やがて3時間ほど動けるようになり、少しずつ復帰していった。

配達は、アプリをオンラインにしてオファーを待つところからはじまる。オファーが届いたら、配達するかどうかを決める。もちろん、遠距離で条件が合わない場合は受けなくても問題ない。ただし、配達先に商品を取りに行った後はキャンセルできない。場所によっては道に迷うこともある。

とくに世田谷区内には、もともと農村地域だった土地が住宅街へと変化した経緯から、区画が整っておらず分かりづらい場所も多い。またタワーマンションの住人からオファーが入ると、まず管理事務所で名前を書き、業務用エレベーターで上がらなければならない。エレベーターの待ち時間を含めると、1回の配達だけで30分以上かかることもある。

そうした困難なこともあるが、ぼくにとってUberはゲーム感覚に近い。稼ぐための仕事というより、ちょっとした体力づくりとして、仕事と仕事の合間にやるだけだ。働いているというより、無料でジムの自転車マシンに乗っているような感覚だ。

いろいろな街の景色を眺めたり、行ったことのない道を通ったり、気になった場所やお店、風景をメモしたりする。働きながら創作のネタを探すことができるのだ。なんて便利なのだろう。その気軽さについ走ってしまう。

浅草橋洸彦

浅草橋洸彦

クリエイティブ労働者

有限会社アシダ企画代表取締役社長。天才百貨点主催。ぷりぷりから星葡萄を経て、現在は「下町のぷりンス」として君臨する。
1984年生まれ、育ち共にお江戸東京日本橋で産湯を浸かり、浅草橋で独立、家督を継ぐ。絵本作家、文筆業、出版事業他、喫茶評論、銭湯評論、鉄道評論、競輪評論、スナック・定食屋・食堂レポーター、レコードプロデューサー、他・他・他・他芸術家達の人間交差点としてマルチに活動し、前衛生活芸術没頭中。