僕の色メガネ

第七話  「南伊徘徊記 後編」

DyyPRIDE a.k.a. 檀廬影

※編注→中編はこちら https://neworld-magazine.com/magazine/ep6_southitaly_2/

11/1

気温19度。洗濯をしたくてコインランドリーに行った。8ユーロの代金を全部コインでしか投入できず、両替機はあったものの50ユーロ札しか持っていなかったので、これを投入して何も出てこない事を危惧し、一旦その場を後にした。そしてスーパーに向かうと昼の2時なのだが、大勢の店員が店の前でタバコを吸っている。ちょうど今店じまいというところらしくて、今日の営業はこれで終わりだという。だから、両替も諦め、洗濯も諦め、買い物も諦め、部屋に荷物を置いて海に向かった。

10数年ぶりに海で泳いだ。

日本の場合、30代後半の男が一人身の男が海で泳いでいたら、気味悪がられそうなものだが、ここにはそういう価値観は無いようだ。老婦人も小さなビキニを着て堂々と日光浴をしたり、海を泳いだりしている。

塩分濃度が高いのか、体を浮かせておくのが簡単だ。

そういえば、ここが菊地凛子さんの言ったイタリアのかかとだったのだろうか。青い透明の海にぷかぷかと浮きながら強い日差しを受ける中、そんな事はもうどうでもよくなっていた。

気付けば、僕はいつもひとりでいる。たまに僕と一緒にいるのは、月明かりと自分の影ぐらいのもので。そよ風に吹かれて、今にも消えてしまいそうな危うさであった。

今、自分が死んでも多分何年か誰も気づかないだろう(笑)我ながら滑稽である。

昨晩、今日何時に清掃入るか聞かれたから、「1時がいい」と言ったら「2時でもいいか?」と言われ「2時でいいよ」と言ったら、実際今日なってみたら全然来なくて、3時ごろ「何してんの?」って聞いたら「1時から3時の間は休憩してた」って。「じゃあ昨日のあれは意味なかったんだね」って言ったら「ほんとにごめんなさい」。

何だったんだ?

11/2

カソリックの専門チャンネルのようなものがあって、祈りの言葉を唱えたりとか、歌を歌ったりとか、そういうのをずっとやっている。

歌なのかお祈りなのかわからないが、これがなかなか心地よくて、このチャンネルを流したまま、ぼんやりしたりした。

テレビをつけるたびに「パゾリーニ、パゾリーニ」言っていて、あれ、一体パゾリーニとは誰だったか? 死体の写真や生前の写真が写し出される。パゾリーニって映画監督だったっけ?

そして、誰だか思い出した。『ソドムの市』を撮った人である。この映画は以前見たけど、僕には全くわからなかった。この映画には、普段彼の映画に出ている仲が良い役者たちも辞退して出なかったそうだ。男優も女優もほとんどがモデルか何かだったと聞いたことがある。

僕の眼には全く映画の体をなしていない作品で。もうよく覚えてもいないが、いろいろな場所やいろいろな場面でやたらめったら乱交。それも男同士で乱交したり、食事中に糞を食わせたり、そんなシーンばかりでうんざりさせられた覚えがある。

こんなものを映画だと言いたいのなら、勝手に言えばいい。自由だ。でも、こんなものに芸術性を感じて、ありがたがって見ているなんてばかばかしい。僕が思ったのは、その程度の感想だった。

しかし僕にわからないだけで、この映画を見て幸福な気持ちになる人がいるなら、それは素晴らしいことだ。あの映画は、もしかしたら映画自体が重要なのではなくて、彼が持っている思想か何かを象徴するスタチューか、あるいはあの作品自体がメタファーなのかもしれないとも思った。そうでなければ、あんなつまらないわけのわからない映画を撮って、その直後に殺されるなんて、理解に苦しむ。

ゲイの少年だか青年だかに殺されたという有名な説が残っているけど、それも実際にはどうだかよくわからないらしい。今日がたまたま彼の命日で、死後50年の日らしい。そのテレビ特集だったのだ。

無論、何を言っているかわからない。彼の人生がいかなるものであったにせよ、彼の冥福を祈るばかりである。

11/3

今日はもうどこも出かけようって気持ちにならない。最後の日だけど。店の店員も、ホテルの人間もみんな感じ悪く外でもジロジロ見られる。確かに、僕以外に黒人は1人も見かけないし、東洋人もほとんどいない。もの珍しい上に好感を持てないのであろう。

豊満な体をした女性がブラジャーもつけないでペラペラのシャツ1枚しか着ていなかったりするが、誰も気にしていないようだ。おばあさんのビキニ姿もまた然り。段々と感覚が麻痺してきて、若い女の子がビキニ着ているのを見ても、特に何も感じなくなってくる。しかしついうっかり僕の目玉はついそちらの方を向いたりするから、僕は両手の人差し指と親指を使って、目の中にツッコミ、目玉の黒目を他の方向へとくるりと向けなければならなかった。

差別は、お前はここにいちゃいけないんだよってわかりやすいメッセージを送ってくれていると思うからありがたい。

オトラント大聖堂に来た。マリア堂の壁に所狭しと埋め込まれている数百から数千の髑髏をじっくり観て周った。

自分の骨がここにあり続けるのはどんな気分だろう? 

マリア様が乗っている台座をよく見ると、プロビデンスの目のマークが刻まれている。地下に行くと、銀製の十字架とその周りに天使達が連なり輪を作り、中心に小舟に数人が乗っている彫刻が印象的だ。

アラゴネーゼ城に入るためにエントランスで金を払っていたら、目の前にいるこの施設の人間とおぼしき白人のオヤジが、悪魔のような顔をして僕を睨み付ける。なんだろう。あの目は。そんなに俺が憎いか、俺が嫌いか。

もしもこの時、誰かが僕の肩を叩いて「君は正気を失っている間に、彼の娘さんを惨殺したのだよ」

そう言われたら彼の態度の辻褄が合う。

人種だけで、ここまで人を嫌悪憎悪する気概。天晴れである。

僕もあまり気が長い方では無いからその薄汚い目ん玉に中指を突っ込んでやりたいくらいだけど。まぁまぁちょっと待てと自分を落ち着けて。どうして南イタリアには差別的な人が多いのかを冷静になって少し考えてみた。

すると、彼ら自身が差別を受けている劣等感から自分たちの自尊心を守るために差別的な行動をとってしまっているという構造が見えてくる。

イタリア人はヨーロッパの黒人だと揶揄されているらしい。特に南イタリアの人々はそういう劣等感があるのだろうと思う。

白人には、白人のヒエラルキーや生きづらさがあるのだ。無論そのヒエラルキーのトップは、金髪に青い目である。

金髪も青い目も美しくて好きだが、それによって、人間の優劣を決められてはたまったものではない。が現実である。

「天国と地獄」

11/4

美味しいチョコを3枚買って2枚を冷蔵庫に忘れた。これがこの旅唯一の忘れ物です。

イタリア最終日、バーリ空港に向かうために乗り換えの駅の売店のご婦人にショーケースの中のパンを指差して「これなんですか?」と聞くときつい表情と口調で何かを怒鳴って目の前から去った。納得いかないなら、馬鹿は相手にするまいと思って売店を出たが、やっぱり気が済まなくて、またご婦人の前に行った。

婦人を睨んでもう一度ドスを効かせた声で「これはなんだ?」と聞くと、目を泳がせておとなしく答えたが、無論、僕の食欲は失せた。

僕のように明らかに旅行者とわかる人間など金づるだと思ってニコニコしてればいいものを。

今までいろいろな国に行ったが正直日本以外で一番差別を感じた国であった。

全部信号に過ぎない。俺の怒りも。しかし、その厄介な信号のせいで食欲失せたので飯抜きでイタリアを発った。

案の定、案内所の人も僕がそばまで行っても絶対に目も合わせないので聞くのもやめた。やっぱり自分の目で見ないとだめだね。何もかもというわけにはいかないけど。

そういえば、フランスでは黒人と白人のカップルが非常に多くそこら中にいたし混血もたくさんいたけど、イタリアで黒人と白人のカップルは1回も見てないし、混血の人も1人も見たことがない。つまりそういうことなのだろう。隣同士でもこんな違うのだな。

人種差別をするのも、差別されることによって孤立することを恐れるのも、また人間の本能だろう。

最後の乗り換えの駅のホームで電車を待っていると、年寄りの白人がやっぱり僕の顔嫌そうにまじまじと見ている。僕は両ポケットに手を突っ込んで、体をその男のほうに向けて、真正面からじっと見つめた。彼は気まずそうに顔の向きを変えて、電光掲示板に目をやった。今度は30代位の駅の作業員が向こうから歩いてきて、僕の顔をにらみつけた。僕も彼の顔を見ると、彼は、僕をにらみつけながら、ホームに唾を吐いた。

「西部劇を見すぎじゃないのか?」。もしイタリア語が話せたらそう言ってやりたかった。

この時には、もうきっとここには戻ってこないだろうと言う決意にも似たような感情が芽生えていた。

空港でチェックインの列に並ぶ。自分の列から進めるボディーチェックが2つあって、片方ちょうど人がいなかったので、そちらに進んでいくと厳しい顔で「あんたはあっち!」と言う。

僕の後ろに白人の家族連れがおり彼らに対して「こっちにおいで〜」と恋人に対するような態度で甘い声を出す。

最後の最後まで考えさせてくれるペネンセラであった。

僕はため息と苦笑いだけをバーリ空港に残して、ロンドン行きの飛行機に乗った。 (完)

DyyPRIDE a.k.a. 檀廬影

DyyPRIDE a.k.a. 檀廬影

平成元年、横浜市生まれ。日本人とアフリカ人とのハーフ。12歳で精神病と自殺衝動を発症し、二十歳よりDyyPRIDE名義でラップを始める。2011年 音楽レーベルSUMMITから1st ソロアルバム「In The Dyyp Shadow」、グループSIMI LAB 1st アルバム 「Page 1 : ANATOMY OF INSANE」、2013年 2nd ソロアルバム「Ride So Dyyp」、2014年2nd グループアルバム「Page 2 : Mind Over Matter」をリリース。2017年 SIMI LABを脱退。
2019年4月 処女小説「僕という容れ物」を立東舎より出版。
2024年 3rd ソロアルバム「THIRD EYE」リリース。