バイトのぷりンス

袋詰めのガパオライス【15】

浅草橋洸彦

とあるタイ料理店へ初めて行ったのは、大学時代。自分のイベントでお手伝いしてくれた女の子が働いていて、何度か通ったのがきっかけだった。彼女はシンガーソングライターの中山ラビさんのお店「ほんやら洞」でも働いていて、カルチャーが集まる場所に身を置いていた。

通ううちにスタッフとも自然と仲良くなり、やがて彼らはそれぞれ独立して、スナックやカレー屋などを営むようになった。この店をきっかけに知り合いが増えていき、今でも彼らの活動が気になっている。

その店ではタイ料理店のほかにスタジオも運営していて、自分が通っていた頃、平日に音楽イベントが開催されていた。ガムランの楽器を用いた「滞空時間」というバンドの演奏や、全国各地で活躍するバンドのライブが投げ銭とドリンク・フードオーダーで楽しめるので、何度か足を運んだ。

スキマバイトをはじめてから、まさか通っていたそのお店が募集をかけているとは思いもしなかった。そのお店で僕の絵本の直売会をやった後、働いていた知り合いも辞めてしまってしばらく行くことはなかったが、スキマバイトの募集を見つけて久しぶりに行くことにしたのだ。

人気のタイ料理店ゆえ、募集した瞬間に埋まってしまう。たまたま朝起きたタイミングでお気に入りの募集にでてきたので、迷わず応募した。

到着すると以前絵本の直売会のときに働いていたスタッフの方が、爆笑しながら迎えてくれた。主な業務は、たまった洗い物をこなすこと。内装を変えてからはオープンキッチンになり、お店の雰囲気がいっそうパワーアップしていた。

終了後、顔なじみのスタッフの方がまかない飯の記載がなかったにもかかわらず、ビニール袋に詰めたガパオライスをお土産に持たせてくれた。ここのガパオは辛くて癖のある味だ。ガパオ自体どれも好きだけれど、とくに特徴的な味付けだ。

働いていた友人が復帰していると聞いていたので、タイミングが合えば会いたかったが叶わず、後日ランチを食べに行った際にお店を辞めていたことを知り、残念だった。知っているお店を偶然スキマバイトで見つけると、つい働きたくなる。それもまた、小さな楽しみのひとつだ。

浅草橋洸彦

浅草橋洸彦

クリエイティブ労働者

有限会社アシダ企画代表取締役社長。天才百貨点主催。ぷりぷりから星葡萄を経て、現在は「下町のぷりンス」として君臨する。
1984年生まれ、育ち共にお江戸東京日本橋で産湯を浸かり、浅草橋で独立、家督を継ぐ。絵本作家、文筆業、出版事業他、喫茶評論、銭湯評論、鉄道評論、競輪評論、スナック・定食屋・食堂レポーター、レコードプロデューサー、他・他・他・他芸術家達の人間交差点としてマルチに活動し、前衛生活芸術没頭中。