バイトのぷりンス

シュラスコ食べ放題【12】

浅草橋洸彦

5年前だろうか? スキマバイトでは珍しく、シュラスコ料理の募集がかかった。いくつか店舗があり、六本木方面の店舗のホールスタッフに応募した。靴は黒と指定があり、革靴とは書かれていなかったので黒いスニーカーを持ち込んだが白いラインが入っていたため、帰されそうになった。ところが、ちょうど洗い場で欠員が出たため、そちらに入ることになった。

シュラスコ食べ放題のお店は100名以上入る大型店で、洗い物の量も多い。業務用の食洗機が2台あり、これを一人でこなすのかと思いきや、お店の人がヘルプで手伝ってくれた。

洗浄した皿やコップは拭いて、揃い次第ホールに届ける。慣れてくると単純作業だが、それでも一人でこなせる量ではない。学食の現場では水でさっと流してそのまま洗浄機に入れるだけのこともあるが、こちらは一枚ずつ丁寧に、かつ迅速にこなさなければならないため大変だ。

店舗によっては決まった量のまかない飯もあれば、余ったバイキング料理を自由に食べられるお店もある。ぼくが働いたお店はシュラスコはもちろん、カレーやサラダ、フルーツまで好きなだけ楽しめた。まかないといえば揚げ物(唐揚げ定食)が多いが、ここは違う。

客として利用すればそれなりの値段になるが、働きながらこれだけ豪華なまかない飯が食べられるのはありがたい。ぼくはシュラスコと野菜をバランスよく、限界まで食べた。

まかない飯は、固定で働く人にも、初めて働きに来た人にも働く意欲を高めてくれるものだと思う。そうした場所は、信用できる就業先だ。普段、アーティストや裏方として働くなかで、経費をどう抑えるか、トラブルをどう和らげるかをよく考える。そんなとき、少しでも和やかに創作に打ち込める環境をつくるうえで、まかない飯の存在は大きい。

いろんな会社の人に伝えたいのは、稼ぐことも大事だけど、上ばかり見ずに足元を見ることだ。まかない飯は、給料以外で関わった人たちに還元していくひとつの方法だと思う。ものづくりや人と関わる仕事をするなかで、日々そう感じている。

浅草橋洸彦

浅草橋洸彦

クリエイティブ労働者

有限会社アシダ企画代表取締役社長。天才百貨点主催。ぷりぷりから星葡萄を経て、現在は「下町のぷりンス」として君臨する。
1984年生まれ、育ち共にお江戸東京日本橋で産湯を浸かり、浅草橋で独立、家督を継ぐ。絵本作家、文筆業、出版事業他、喫茶評論、銭湯評論、鉄道評論、競輪評論、スナック・定食屋・食堂レポーター、レコードプロデューサー、他・他・他・他芸術家達の人間交差点としてマルチに活動し、前衛生活芸術没頭中。