2019年夏、『犬と苺』『病院まではとても遠い』という曲の制作中だった。バンドセットワンマンもあり、できるだけいつも通り活動を続けようとしていた。

しばらく母の家と自宅を行ったり来たりしながら生活をしていたのだが、正直憔悴していて、どのくらいの期間そうしていたのかはよく覚えていない。

この1、2年、目を覆いたくなるような自分の醜い感情と対峙していた。常に怒りや恨みというものに支配されいて、本気で人を憎んでいた。

毎日同じ夢の中で、同じ人を殴り続けた。ただ実際に人を殴ったことがないので、手の感触がわからない。いつもうまくあたらなくて、なんだかスカスカと外れてしまう。すると結局髪を引っ張ったり、顔を踏みつぶしたりすることになり、目が覚めるたびに汗だくだった。未経験の感触 って夢の中でも経験できないんだな~となんだかまぬけに思った。

この頃の自分が、一番嫌いかもしれない。もうこの人生で、二度と同じ経験をしない。そう強く決め、今はその決意のもとにすべてを選択している。

お魚の絵

母の家では、買ってから使っていないというカラーインクで、魚や花を描いた。手を動かしている間だけは、少し楽になれる。思春期の頃から、毎日絵を描くのが日課だった。“歌う”という行為が日常になかった頃は、絵を描くことが怒りや悲しみの発散方法だった。どんな辛い時でも、きれいでかわいいピンクや黄色は私を癒してくれる。

本に挟んで作った押し花を並べて、スマホで撮影し、適当なアプリで枠をつけ、『犬と苺』のジャケも作った。時間も労力もかけて作った曲だったので、本当はちゃんとデザインも頼みたかったが、精神的に余裕がなく、自分でやるしかなかった。

手には苺とお花、頭にお気に入りのひまわりもつけても犬は目を開けられなかった。絵やコラージュは、びっくりするほど素直にこちらの心情を現してきて毎回驚かされる。こうやって生まれてくるものはだいたい自己満足で、人には伝わりづらい気がする。どういう意味?とみんなに聞かれるだろうなと思いながら、別にいいやと、タイトルは『犬と苺』にした。

配信されたら思っていた色じゃなくてショックだった! むずかしい

長年、整理しなくてはならないと思っていることがたくさんあった。特にバンド解散前後のことは人に話せなかったことが多く、いつまでも私を苦しめていた。当時は家族のことでも悩んでおり、頭の中の怒りやさびしさは、これ以上無視することができそうになかった。

ひとりになったことによって、整理する機会がやってきたと思った。少しでもなんとかしたい。すがるような気持ちで週1でカウンセリングに通い始めた。行けば必ず少し楽になり、必ず気づきがあった。

年末の渋谷WWWワンマンライブ

カウンセリングでは、幼少期からの振り返りというものも何日間かに分けて行った。そこから何年も通い続けたこともあり、次第に本質的な問題や、本当の自分の感情に気づくことができるようになった。

だれもたすけてくれない、と苦しむ時、それが今の私なのか幼い頃の私なのか、頭で考える癖がついた。今の感情は事実だが、実際今の私は、助けを求めれば誰かしら助けてくれるかもしれない。これは幼い頃の私が助けを求めているだけな気がする。この感覚は最初は少しずつだったが、次第に俯瞰で見られるようになってきた。 

おかあさん……という思いに頭を占領されてしまう時期があった。だけど実際に今、母に助けてほしいかと冷静に考えると、全くそんなことは望んでいないと気づく。今の私は大人であり、母を支える立場にもなってきている。今の私の気持ちではないと頭でわかる。

頭でわかったところで、苦しいことに変わりはない。だけど、もう十分わかってるよ、ごめんね、今の私はもう大人で現実は違うよ、ということが、段々同時に感じられるようになってきたのだ。

うまく言えないが、誰かを大切にしてあげたい、守ってあげたい、という気持ちを、泣いている過去の自分に客観的に向けてあげることができるようになった気がする。おそらくインナーチャイルドというものなのかもしれないが、あまり詳しくないまま、今これを書いてしまっている。だけどなんとなく感覚的に、こういうことなのかな、と感じる。

だいじょうぶだよ

今のことを書いてしまったので戻るが、実際この頃はまだそれどころじゃなく、発作みたいなものに悩まされていた。どこにトリガーがあるかわからないので、映画などは見なくなり、音楽も聴かなくなった。

自分より大変な思いをしている人はたくさんいる。こんなことくらい大したことじゃない。昔からそうやって周りの人と比べては、自分を情けなく思っていた。私の知っているあの子もあの子も、もっともっと壮絶で苦しそうな経験をしている。

こういうのは人と比べない方がいいと今ではわかる。どう感じるかは人それぞれで、同じ出来事でもあっけらかんと乗り越えられるような人もいれば耐えきれず命を絶ってしまう人もいるかもしれない。

あの子にとっては大したことじゃなくても、私にとっては大したことだった。自分が傷付いてしまったことは、情けないことでも恥じることでも甘えでもないのだと、この頃から少しずつ、思い直せるようになっていった。

先のことはなにもわからない。1日1日が長く、時間がなかなか過ぎてくれない。そのうち大丈夫になる日がくるだろうか。バンドセットでのライブ継続も難しくなり、今後の活動も、どうしたらいいのかわからなくなっていた。

そんなこんなで2019 年が終わり、コロナ禍に入っていく。正直、強制的に一斉に外に出なくてよくなったことは、私をすごく安心させた。

坂口喜咲

坂口喜咲

坂口喜咲(さかぐち きさ)
歌手 / 作詞•作曲家
東京都出身。
2011年、バンド HAPPY BIRTHDAY のVo.Gt.としてデビュー。2015年のバンド解散後からは、本名でソロ活動を開始。弾き語りからバンドセット、楽曲提供やナレーションなど、自由な表現スタイルで活動中。