
海が好きだ。海の近くで育っていない東京の人間だから、そんなふうに呑気に言えるのかもしれない。海の恐ろしさを知らないし、泳げないので足がつかないところまで行ったこともない。波を見るだけで酔うくらい三半規管も弱い。
それでもやっぱり、太陽に照らされて砂浜を歩くのが好きだ。海で夕陽を見ているとしあわせだなと思う。山の方が好きな人もいるのだから、こういうことに理由はなく、直感的なものかなと思う。
毎週、電車で往復5時間かけて、貝殻や石を拾いに行った。干潮の方が拾いやすいため、なるべく時間を合わせて出発する。降りたことのないバス停で降りて、限界が来るまで歩く。たまに崖や逃げ場のない車道のようなところに出てしまい、ちょっとした冒険のようで楽しかった。
タッパーを貝殻でぱんぱんにして帰る多幸感。帰宅して、ひとつずつ丁寧に砂を洗い出し、太陽で干して、分別したりするのもまた楽しい。貝殻を並べて絵を作ったり、オブジェを作ることに熱中した。

海に逃げるのはとてもいい考えではあったのだが、秋になるにつれて、次第に焦ってきた。風が冷たくなって、日没が早くなり、どうやっても切なさやさびしさを感じずにはいられなかった。真夏の底抜けに明るい海に救われていたのであって、切なさなどみじんも求めていなかった。
10月末、砂浜で夕焼けを見ながら、もうここには来たくない、とはっきり思った。いつのまにかさびしい気持ちばかりで、これ以上来ても、海は救ってくれそうにない。そこから再び憂鬱が復活してしまい、どうしたらいいかわからずに秋を過ごした。

2023年1月、なんとかして現状を変えようと思えるくらいの気力が復活した頃、たまたま読んでいた本に、とにかくなにかを作り続けることが煮詰まっている時の打開策だと書いてあった。なるほど。そもそも自分自身にもう期待がなく、人からの評価ももうどうでもよかった。
とにかく作り続ければいい。そう考え始めたら、表現することへのハードルが下がり、下手でもなんでもいいからやるか、という気持ちになってきた。
何を作ったら楽しいだろう。気楽に作れるもの。なんでもいい。わくわくできること。その時にちょうど、さらば青春の光のYouTubeで、「著作権フリーの無音MVを作るので勝手に曲をつけていいですよ」というような企画を見つけた。楽しそうだな、これをやってみよう、とすぐ思った。
変なタイミングで切り替わる映像に、あえてバラードの曲をつけた。映像に合わせて録音するのが難しかったが、久しぶりに集中して録音した。
作業を終えて眠る時、涙が出るくらい楽しいと思った。こんなに楽しくて最高なことがあったのに、わざわざ遠ざけて一体なんだったんだろう。音楽を作ることは人生で一番しあわせな時間だった。海での感動など比べものにならない。夢中になって録音し、YouTubeにアップすると、いろんな友人が連絡をくれた。久しぶりに、音楽を通して社会とつながった瞬間だった。

次に何を作るか。不安になる前にすぐ作りたかった。今までたくさん曲を作ってきたのに、全然リリースできていないことがずっと気にかかっていた。どうせなら全部世に出してか死にたいなという、今までにはなかった欲が出てきた。もうどうでもいい。守らなくてはいけないものもないし、失敗してもいいやと思った。
曲の墓場シリーズというタイトルで、ボイスメモの一発録りや、弾き語り動画、今までなら絶対出さなかった音質での録音を、どんどんYouTubeにあげていった。毎日その制作に打ち込むほど、力が抜け、気持ちは軽くなり、人の目が気にならなくなっていった。楽しくやって生きればいい。
まだ不安ではあったが、そんな風に毎日SNSの発信を続けていたら、ある日テレビ局からメールが届いた。aikoさんが「夏の姫」の歌詞をテレビで紹介してくれるという。私は小学生の頃からaikoさんの大ファンだった。びっくりしてしまい、胸がいっぱいになり、声をあげてわんわん泣いた。もう誰も見てくれてないと思っていたし、それでいいと思っていた。自分が生き延びるために音楽が必要なだけであって、自分の音楽が人に届くかどうかなんて期待していなかった。でもきっと本心ではなかった。本当は自分の音楽をもっと聴いてほしかったが、それどころじゃないところまで落ち込んでいたのだ。作り続けてきてよかった。テレビで放映されると、知人や友人、ファンの方たちも一緒に喜んでくれた。

体調不良で飛ばしてしまった、昨年のワンマンライブの振替公演を行うことに決めた。もう自分に対して変な期待はなく、ただやるだけだ。人の評価など関係なく、自分が生き延びていくために歌い続けていけばいいし、そんな生き方が自然になっていくといい。新しいやり方を見つけた頃だった。
これからも弾き語りをやっていくなら、新しいミニギターがほしい。大きいアコギでもうライブしたくなかった。身体のサイズに合う楽々弾けるようなミニギターに出会いたい。
そう思い、ふと向かったお茶の水の一軒目に入った楽器屋で今のギターに出会った。










