写真集『MATSUOKA!』『島根のOL』で注目される写真家・南阿沙美が心動かされた「ふたり」をテーマにしたエッセイ連載。友人、夫婦、ユニット、親子、人と動物など、属性を超えて、ふたりのあいだの気配を描き出す。毎月2回更新予定。

UさんとTさん

Y公園に毎週通うようになった。そこはもともとキリスト教の牧師さんが主体となってやっているホームレス支援の活動で、私はクリスチャンではないのだけれど縁があり混ざってお手伝いしている。
お手伝い、と言っても、私がしているのは着なくなった衣類や使わなくなった日用品を個人的に人から集めて、公園に持って行って配る、というもの。
0円でものを動かすのがかなりおもしろくて続けている。
そこでは毎週決まった曜日に衣類日用品と、一番必要である食べ物を配っていて、ホームレスの他にも、元ホームレスの人、漫画喫茶暮らしの人、仕事を失って日が浅いと思われる人、一人一人聞くわけではないので、事情のわからない人もたくさんいる。ただ並んでもらったら無条件で食べ物をもらってもらう。衣類は、フリーマーケットみたいにブルーシートに並べて、好きなものを持っていってもらう。

私が通うようになって、最初に顔を覚えてくれたのがUさんだった。ギリギリに到着した時に、「遅いよ~!」と声をかけてくれた。
配布の列に並ぶみなさんと、食べ物を配る係をやってくれるおじさんたちがいる。Uさんもそうで、いつもきれいな格好をしていてニコニコしていて爽やか。

公園沿いの車道に面した道には、いくつかブルーシートでできたテントがあり、ある日そこを歩いているとテントの前に椅子を出して座っているUさんに会った。
その時期しばらくUさんは私が参加している炊き出しに来ておらず会うのは久しぶり。Uさんはアパート住まいだと思っていたので、ここで暮らしてたんですか~!と声をかけると、住んでいたアパートがあまり良い部屋ではなく、今はこっちに戻って暮らしているということだった。
これから寒くなる時期で、79歳で高齢だし身体も心配なので、近くに来た時はUさんのところに寄るようになった。一人でいるときもあれば、椅子を並べて誰かとお喋りしているときもあった。
約束しなくても行けば会えるというのは私にとっても貴重なことだ。
それからUさんの声がけで年に1回やっているという、キリスト教の炊き出しに誘われて行ってみた。ブラジル人の方がたくさんの食べものやホッカイロやガスボンベなどを持ってきてくれて、お祈りをして大きな鍋のカレーをみんなで食べた。その後の数日間はカレーが余っていて、Uさんのとこに行くともっとおいしくなったカレーが食べられた。

Tさんも、いつの間にか向こうから手をヨッと上げて挨拶してくれる人の一人だった。
炊き出しでは食べ物を配り終わって、すぐその場からいなくなる人もいれば、そこでご飯を食べる人たちもいるのだけど、Tさんはいつもその場で食べることはなく、ベンチみたいに寄り掛かれる柵に座っていて、確かなんとなく私が隣に腰かけた時に初めて会話をしたと思う。
空き缶回収の仕事をしていて、身体もよく動かすせいかシャキッとしている。昔はお店をやっていたようだった。テントに遊びに行ったらコーヒーを淹れてくれて、若い頃の、今の私くらいの歳の頃だろうか、Tさんのお店での写真やどこか出かけた時の写真を見せてもらったことがある。いくらか処分して、その中でも残ったものだった。Tさんは今70代だから、30~40年前の写真。今はずっとマスクをしているし帽子も被っているからわかりにくいけれど、笑ったときの目元には面影がある。仕事仲間やお客さん、友達と写っている若いTさん。同じ人だ。久しぶりに、写真本来のものすごい機能を思い知らされた。

またある日Uさんのテントに行ったら、Tさんも現れた。このへんの人はだいたいみんな顔見知りだが、2人は特に親しいようだった。
以前は一緒に年末に千葉の旅館に行ったりしていたが、新型コロナのパンデミックになってからはなかなか計画できなくなっていたらしい。
歳はUさんの方が5つちょっと上だけど、故郷が同じ九州で近く、車だと1時間くらいの場所だそうだ。ちょうど私はその春どちらの県にも行っていたので、親近感もある。
Uさんは2歳の時に長崎の原爆で両親を亡くして、子供時代はおばあちゃんと一緒に暮らした。家は藁でできていたという。学校を早退して山でキジなどの鳥をとって、焼き鳥屋に持って行って売り、お小遣いにしていたらしい。
長崎にはもう50年帰ってないみたい。
私の年齢を言うと、もっと若いと思ってたみたいで、しかも仕事は写真、と言うと急に心配するようになった。普通働いてる時間に私が一人でふらふら公園に来ているからだと思うんだけど、「写真の仕事な、大変なんだよな」と言うのでフリーランスの事情をよく知っているのかな?と思ったら、「火事があったらそれを撮ってよ、高く売れば良いんだよ」と言うのでちょっと違った。

もうすぐ12月になる頃、Uさんは今テントを張っている場所を行政の命令で出なければいけないことになっていた。昔からいる人は退去させられないが、ある時期から新規でテントを張ることはできないことになっていたらしい。ダメだけどすぐに撤去しろ、とはならず、一旦猶予が与えられ、その期限は差し迫っていた。
それで部屋探しをしていたが、一般的な不動産屋では高齢で一人だとほとんど貸してもらえない。ひどい!と思ったけれど、若者であってもアルバイトやフリーランスの賃貸の審査は厳しいし、そりゃそうか、と思いつつ、でもやっぱり腑に落ちないけどほかの方法を探すしかない。高齢で一人。私も住む場所について色々聞いてみたり調べたりしていたが、そうこうしているうちにUさんは部屋を見つけた。
春になって花が咲いたらまたここに戻ってくるよ〜、と言うけど、もうここにテントは張れないよ!
部屋を紹介してくれた人の車のお迎えで公園から去る日、時間がはっきりわからないのもあって夕方なんとなく行ってみたら、がらん、としたテントだけが残っていた。近くにいた他のおじさんたちに聞いたらちょうど1時間くらい前だったようで、入れ違い。使えるもんあったら持っていって、と言われていたらしく、Tさんが来ていた。ブルーシートのブルーがテントの中ぜんぶに反射して毛布や鍋のある空間を青く包んでいた。
年越し前の12月末のことだった。

年が明けてからは、TさんとUさんどうしてるかなーとよく話していた。
寒いし、新しい住まいはここまで電車で1時間だし、冬の間はきっと気軽には来られない。

少しあたたかくなってきたある日Y公園についたら、誰かが「Uさんきてるよー、みなみちゃん探してたよ」と言う。少し探すと、ハットをかぶったUさんがいるではないか!
「Uさーん!」
「会いたがってるって聞いて来たんだよ〜」
会いたかったけど、私だれかに言ったっけ。Tさんは電話はしてなかったみたいだけど。Kさんが言ってたんだよ、と言うのだが私その人は知らない人で、どういうことだ?と混乱したけどあんまり言うと私がまるで会いたいわけじゃなかったみたいになっちゃうし、会いたかったのは本当なのでほどほどにして、久しぶりの再会を喜んだ。
それからそうだ私はUさんとTさんの写真を撮りたかったんだよと2人に並んでもらったのだけど、この日は私の準備が悪く、フィルム数枚しかカメラに残っていなくて、もうちょっと撮りたい!というところで終ってしまった。

今度は私たちがUさんの今住む街に遊びに行くのもいいなーと思い、電話をしてみた。
「お~いつでも遊びにきなよ、一人ぼっちで寂しいよ」
Tさんと待ち合わせして電車で50分ほど。乗り換えは一回。電車の中でなんとなくTさんが保険証を見せてくれた。誕生日に目がいって、「◯月◯日なんだねー、覚えやすい」と話す。
駅についたら電話するねと約束していたが、出ない。思ったより広い駅で、だけど商店街などは見当たらず、団地や大きな建物、晴れた空が広かった。道路を挟んで反対側の方に広場とベンチがあったので、そこに座って待ってまた連絡してみようと思って道路を渡ると、Uさんのようなシルエットが見えた。
「Tさん、あれUさんじゃないかなあ」「えーUちゃん?どうかな?電話でなかったし、違うんじゃない」とヒソヒしながら近づいていく。Uさんだ!手を大きく振ってみると向こうも気づいて、ニッコリした。

しばらくベンチでおしゃべりした後、おれんち来るか?と家まで案内してくれた。
ゆっくり歩いた。TさんがUさんと歩くのも久しぶりだろう。ここへ来るまで私と歩いていたスピードとは違うスピードで、TさんはUさんと並んで歩いていく。
道中、2人の写真を撮らせてもらったり、すれ違う人にUさんがこんにちは、と挨拶するのに続いて私たちもなんとなく挨拶する。
友人や知り合いはいなくて、お花がたくさんある角の家の人とは、会うと「きれいな花ですねえ」なんて話をするという。
Uさんは花が好きだから本当は古くても良いから庭のある一軒家に住みたい。もしその家があれば、私もUさんと知り合ってなかったとしても、通りがかったらきれいなお花ですね、と話しかけているかもしれない。

Uさんの部屋で、「乾電池使うか?」と聞かれて、まあまあ使う方なのでもらった。Uさんはいつもなにかをくれる。気づいたら手にお菓子を握らされていたりする。
「夜うろうろするか?」とまた私の顔をじっと見る。うろうろ..? 電車に乗らず何駅分も歩いて帰ることはあるけど、それはうろうろ?確かにうろうろは平均以上にしているかもしれないけど。
「夜うろうろ…?」と聞き返すもUさんの表情は変わらない。
Tさんは質問の意図に気づいていたようで、Uさんがちょうど持ち上げた懐中電灯を見ていた。
「これあるといいぞ」とこちらに差し出し、夜道を歩くときの為の懐中電灯をくれようとしていることがわかった。真っ暗闇を歩くUさんが懐中電灯で私の頭の中を照らして、可笑しくなった。そこまで暗いとこは歩かないから大丈夫!と遠慮した。

3人で近くのスーパーでお弁当とお茶を選んで公園で食べることにした。学校の終った小学生が走ったり、ボール遊びをしている。
私は妙においしそうに見えたノリ弁の、普通の味の魚のフライやちくわの揚げたのや卵焼きを食べていたら、Uさんが横からおいなりさんを2こ放り込んできた。
食べ終って立ち上がったTさんがごみ捨ててくるよ、と空いた容器を持っていってくれる。
Uさんのポテトサラダが入ったパックだけベンチにおいて残している。
ぼく1年生、という男の子がこちらに寄ってきて、私の顔を見て「だれのおかーさん?」と聞いてきたので、ちがうよ、今日は遠いところから遊びに来たの、と答えた。
ふーんという顔をして男の子は友達のほうに走って戻って行った。
Tさんが戻ってきて、タバコを吸いはじめたUさんに、今79歳だから、80歳になるのはいつだろうと思って誕生日を聞いてみた。
すると、タバコを咥えながら指で表した数字が、来る時に電車で知ったTさんの誕生日だったので私は一瞬頭がくるりとなった。Tさんもちょっと目を丸くしている。え、Uさんの誕生日いつ⁉ともう一回聞くと、同じくまたその日付を右手と左手で表す。
なんと、UさんとTさんの誕生日は同じだったのだ。
「えー、Uちゃん、俺もだよ!」もう十数年の付き合いだけど初めて知ったそうだ。

とても天気の良い日だったけど、夕方になると吹いてくる風が冷たくなった。
Uさんが「おれなーんでこんなとこ来ちゃったんだろう」と言った。

「いやー、助かったよ、来てくれて」
「Uちゃん、場所がわかったからまた来るよ」

Uさんが来ちゃった場所に、Tさんとまた遊びに行こうと思う。

南阿沙美

南阿沙美

Asami MINAMI
写真家。写真集『MATSUOKA!』(Pipe Publishing 2019)『島根のOL』(salon cojica 2019)。
ホームレス支援活動もしておりみなさまの捨てるのもったいない不要品回収中!