ある日、ラグジュアリーブランドが運営している、コース料理を中心としたレストランでスキマバイトをした。そのお店は、前菜やスープ、メイン料理など3人1チームで料理を作っていた。厨房が広く、高級ブランドの制服を着用するだけで居心地が良かった。
ぼくは洗い場に入ったのだが、一般的な現場では皿などを洗うシンクに水を溜めて洗うことが多い。しかしここでは、水回りが汚れると自動で水を流して洗浄するシステムになっており、それを初めて目にした。洗いながらキッチン周りを観察していると、なぜこれほどコストがかかるのかが少しずつ分かってくる。食材や料理の技術、接客が素晴らしいのはもちろんだが、一皿ごとに細やかな配慮と丁寧な仕込みが施されていることを実感した。
ひと通りの作業を終えたあと、まかない飯を食べることができた。フレンチなのだろうか?メカジキを特製ソースに絡めたソテーとごはんが出てきた。

口にした最初の感覚は、塩味に頼らず、甘味・酸味・塩味・苦味・うま味のどれかに偏ることもなく、それらが中和されているようだった。こうした味わいは初めての体験。つまり、料理は高級であればあるほど、味付けは中間的な絶妙なバランスになっていくのではないか――そんなことを考えた。一皿の中に込められた丁寧な仕事に、強く心を動かされた。
到底通えそうにないお店ではあるが、なぜこの価格で料理が提供されるのかは、実際に食べることでよく分かる。こうした体験は、ものをつくり、売るときに、自分がどの基準で価値を定めるのかを考えるうえでの、ひとつの指針として頭の中に入れている。









