2024年12月に、ミュージシャン・豊田道倫さんによるNeWORLDでの連載「小説」の書籍化となる短編小説『午前三時のサーチライト』が刊行されました。連載時には1話更新ごとに前の話が消える仕組みだったため、書き下ろしも加わった今回の短編集はファンにとっても嬉しい一冊となっています。本書の刊行を記念して大阪の書店「FOLK old book store」で、ライターのスズキナオさんをお招きして開催された対談の模様をお送りします。

コロナ禍の大阪で
スズキナオ(以下スズキ) このトークに呼んでいただいたのは、割と最近のことなんですよね。
豊田道倫(以下豊田) そうですね。たしか3週間ぐらい前に、天満宮にある中古レコード屋さんに行ったんですよ。そのあとドトールでコーヒー飲んでるときに「あれ、キャップをどっかに落とした」と思って。それで走ってレコード屋に戻って「スミマセン! キャップは?」って。まあ結局は別のうどん屋にあったんですけど。
スズキ そうですよね。そこのお店は「熱帯夜」といって、秋葉さんという方がやっている中古レコード屋さんに僕が友達と一緒に行ったんです。そしたら店長から「さっきまで豊田さんがいたんですよっ」て言われて、豊田さんは加藤和彦さんの話をよくしていて、僕も加藤和彦さん大好きだから「えー、お会いしたかったった」なんて言っていたら、「キャップない?」って急にお店に戻ってきたんですよね。
豊田 もう泣きながらね。真剣に店内を探したんだけどなくて。
スズキ 「会えたらよかったのに」なんて言っていたところに、本人が現れて。「ああ、どうもっ」て、そこで初めて言葉を交わしたぐらいだったんですけど。豊田さんは「キャップないか」って言って帰ろうとされているところで、バッと振り返って「22日ひま?」って。
豊田 キャップなくてお店出るときに35秒くらい考えたんですよ。ここで出演をお願いしていいものなのかって。いちおう大阪って大きい都市だし、偶然に会えることなんてそうないから。これも一期一会と思って、思い切ってオファーしました。
スズキ 大阪の此花区というところにある「シカク」っていう、ミニコミばっかり扱ってる書店があるんですけど、そこで僕がずっと店の手伝いをしていて。そこに『午前三時のサーチライト』が入荷してたんです。それで、買おうと思ってたんですけど、僕が最近シフトに入れていなくて、そしたらちょうど対談のお話があって本も送ってもらったんです。ありがとうございます。
すごい良かったですこれ。「あとがき」に書いてあるんですけど、NeWORLD(ニューワールド)という読み物サイトで連載されてたんですよね。

豊田 そうですね、連載は2021年からだったかな。スズキさんの『それからの大阪』(集英社)も、ちょうど同じコロナ禍の時期のお話ですよね。
『それからの大阪』も、その2021年から3年ぐらいの、あのなんともいえない時期を書いているという意味で、自分の本とのシンパシーを感じましたね。この頃のことって、いまから思うとだいぶ昔の話みたいに感じますけどね。

スズキ そうですね、確かに。豊田さんが大阪に移られたのが何年でしたっけ?
豊田 2020年の3月なので、ちょうどパンデミックが来た瞬間に。だから引っ越した当時は本当に大阪に来たっていう実感がなくて「何これ?」みたいだったから、やっと最近街に遊びに行けるようになったっていう感じがしますね。
スズキ この連載は、その時期にあった依頼なんですね。だから、まさに「あとがき」に書いていますけど、街にネタ探しに行くとかそういうんでもないという感じですよね。
豊田 なんか街もそんなんだし、僕はお酒も飲まないから、ほんとどうしていいか分からなかったという時期が、2021から2022年頃だったかなと。
スズキ この連載は、毎月書くとかではなかったんですよね。初出情報を見たら何ヶ月か空いたりもしていて。
豊田 そうなんですよね。一応はじめは毎月書こうと思っていたけど、なかなか書けなかったんですよね。
スズキ けっこう書くのは大変でしたか?
豊田 書くのは好きなんだけど、なんかモチベーションが上がらなくて。連載の担当者も、あまり何も言ってこなくて。すぐOKみたいな。だから、こっちでちゃんと完璧にしないとOKになっちゃうのが怖くて。
僕は書く専門家じゃないから、「今回の作品はダメ」とか「中盤以降もう一回書き直し」とか言って欲しいんですよ。でも毎回OKになっちゃうから、これは怖いと思って。だから自分のなかである程度ちゃんとした完成形を作って出さないといけないので、結構大変でした。
スズキ 確かにそうですね。最初は楽だなと思うけど、そのうち不安になってきますよね。僕も『それからの大阪』の担当の方がちょっと近いというか、本当は月に一回書くはずなんですが、なかなか書けなくても急かしたりしない人なんです。 その連載はまだ続いているんですけど、大阪のことをちゃんと書こうという姿勢で臨むと、おいそれとはやれないというか。だから、ずっと半年とか1年間とかかってしまって。 連載が始まったのが大阪万博をやることが決まった頃だったので、これから変わっていきそうな大阪のことを書いてくださいというのがテーマだったんですね。だから、本当はいまこそ何か書かなきゃいけないじゃないですか。
豊田 いまが一番いろんなネタがあるしね。特に大阪のことって書きやすいようで結構微妙なところがあって、あちこちにライブツアーに行くと、先々で「豊田さん、大阪ってもうダメでしょ?」「もう維新ダメでしょ?」って(笑)。それで、逆に「僕は維新好きですよ」とかいうとみんな引いちゃったりして。
スズキ じゃあ、この本はやっぱり書くのが結構難しかったというか。でも大阪の話ばかりじゃないですよね。
豊田 そうですね。でも最終的にこれをどうまとめて本にするのかというのが難しかったですね。作品については、連載でアップしたけど書籍に入れてないものもあるんですよ。編集作業のなかで「これは入れる、これを入れない」とか並び順とか、自分の文章を自分でもう一回ちゃんと読むのって結構大変なことなんですよね。
スズキ ほんと、そう思います。なんか向き合いたくないというか。じゃあ結構落としたのも多いんですね。
豊田 ずるいんですけどね。自分の恥部みたいなのが見えてしまうものは、ちょっと外したいと思ってね。最後カッコつけちゃいましたね。
スズキ いや、読んですごい面白かったから「面白かったです」としか言えないんですが、豊田さんの書くものだから、もちろんホッコリするとかじゃないし、殺伐としてるけど、でも読んでなんか不思議とあったかい気持ちになるのが謎なんですよね。書かれていることは結構ダークな話が多いんですけど……。
豊田 なんか僕は、いまないものが欲しいというだけで、自分がこれを書きたいというよりは、本当はこういう本が欲しいんだけど、ないから自分で作ったみたいな気持ちなんですよね。だから音楽に関しても、まず自分がやりたいというよりは、音楽をずっと聴いていたいという気持ちが大きいので、自分のなかでは99%音楽ファンだから。ただ、あと1%の満足ができる作品がないんですよ。だからその1%を埋めるために、自分で作っているだけですね。だから本に関してもそれに近いかもしれないですね。なんか、まあまあの本が多いなっていうかね。
スズキ 豊田さんの歌もそうですけど、何か自分がなあなあにしていることを突きつけられるみたいなところがあるなって思うんです。僕はもう、ほんとなあなあで……。
豊田 僕もなあなあですよ(笑)。
スズキ いや、お金に目がくらんでみたいな。生きるために、結構イヤな仕事でも受けたりとか。
豊田 いや、それはやったほうがいいよ。
スズキ なんか、「こんなこと書いて」って自分で思うこともやってしまう。この本にはそれがないような気がする。
豊田 いや、いっぱいあるよ(笑)。僕もほんといい加減な人間なんで、真面目じゃないので。
スズキ でも、ほんといい本ですよね。
豊田 なぜか、結構東京の人からの反応があるんですけど。逆に大阪の人からは反応がなくて、そこが気になっていて。
スズキ でも、僕は東京から大阪に越してきて10年ちょっとなんですけども。大阪来て最初は何にも分からずという感じだったんですけど、この本を読んでいると「この辺りのことか」とか、何かちょっと分かるようになってて、なんかそれなりの時間を大阪で過ごしたからかなと思いましたね。
豊田 行動範囲も狭いんでね。そんなにあちこち行かないよね。
スズキ これはあくまで小説だから、作者ご本人とは必ずしも同一視するのは違うと思うんですけど。なんか「タール一ミリのメンソール」という物語で、主人公が、通天閣のタバコ屋に「中南海」という中国産のタバコを買いに行くついでに、麓にある喫茶店にがあって、そこは最近純喫茶ブームで若い人が多いんだけど、今日は空いてたので行ってみたというのを読んで、「あ、行くんだ」と思って。その喫茶店が若い人たちのブームになってるから「俺にはもう用はねえ」ではなくて、ちゃんと行くところが面白いなと思って。
だからあんまり古い街とか、何か消えていくものに対してノスタルジーみたいな感じじゃないというのが面白い。どんどん変わっていくのは当たり前じゃんという、その喫茶ブームの店にも平然と行くし、別に嫌がってもないというか。
豊田 まあ有名店なんで名前いうと「ドレミ」かな。あそこのホットケーキが好きなんですよ。なんか御座候かっていうくらい、こんな無骨な分厚いホットケーキで、あれを食べに行くんですよね。
スズキ それで、そこで回想する思い出はすごい生々しいというか。その女装のね……、ネタバレになりますね。
豊田 でも、一回ぐらいは経験あるでしょ?(笑)
スズキ いやいやまだというか、ないです。ないですけど、女装のかたと行きずりの関係を結ぶっていう話に展開していって、その後激しく後悔して、でも朝までホテルにいなきゃいけなくて、一人だけになってという。これ読んでいて何かすごいいいな、いいなというか本当にそこが最高でした。
豊田 あれ辛かったんだよ……。まだあのときは携帯もなかったし、午前1時とか2時にやってるテレビとか観て、辛かったよ。
スズキ そうなんですよね。で、その後悔にさいなまれている時に、テレビつけてもなぜか一つの番組しか映らなくて、しかもそれが地方の高校生の部活を追ったドキュメンタリーで、その眩しさとのギャップにすごく苛まれるという。
豊田 それは本当の話です……。
スズキ 実際にあったんですね! いや、これどうやって思いつくんだろうと思ってたら、事実なんですね。
豊田 もうほんと辛かった。朝の4時半くらいに泣きながら、ホテルを出て。
スズキ そうなんですね。そのどこかに行ってしまおう、日常からバーンと跳躍しようとして、でもすごい後悔しているとか、やっぱやめとけばよかったとか。あとすぐ日常に帰ってくるっていうのがこの小説のなかにたくさん出てきて、それがいいなと思って。行ききらないという感覚が。
豊田 自分では、まだあまり客観的にこの本のことを把握していないのでわからないんですが、でも今年は結構「大阪」って大きい声で言いにくいから、この帯コピーどうなんでしょうね?
スズキ この「大阪へ」というのですね。でもすごくいいし、本のデザイン的にも好きです。
豊田 去年作った歌が「大阪へおいでよ」っていうんですけど、東京の知人から「よく歌えますね」って(笑)。「逆にすごいよアンタは」って。
スズキ よく「大阪へおいでよ」なんて言えるよね、と。そんなに嫌われているのか大阪は。でも歌詞で「何にもないけど」って言ってますけどね。
豊田 ごく一部、そう思っているひとはいて「もう大阪は終わってる」と。
スズキ どうですか? 実際に大阪に住んでの5年は。
豊田 まあ、いいも悪いも色々あると思うし。あんまり細かい話をしてもいけないと思うし。でも、なんか東京に比べたらいい気がする。色んな意味で生活しやすいし、子育てへのサポートとか、いまは東京でも少子化対策やっているけど、大阪は先に手を打ってたのはびっくりした。あんまりやってないと思ってたから。
書くことと、歌うこと
スズキ 小説を書くっていうのは、豊田さんにとってどんな行為なんですか?
豊田 なんか、本になったときはやっぱり「いいなあ」と思ったけど、もう一回書けといわれたら、やっぱり大変だろうね。
スズキ ちょっともうイヤなんですか?
豊田 いや、書きたいんだけれども、やっぱり歌のほうがいいかな。書けることってあんまりないんですよね、書けないことが多くて。自分の感情を日本語に当てはめる言葉が、まだ少ない気がしていて。そのジレンマがありますね。本当のことを書けないという前提で僕はずっと書いているので、でもそれでいいんだろうかというジレンマ。
でも、自分の感情を全部ちゃんと文章化できますっていう人は、なんか胡散臭いじゃないですか。難しいですね、やっぱり書くことは。
スズキ 書いていると、自分が本当に思っていることとは違ってきてしまうという。
豊田 うん。自分のなかで言語化できてないというか。それで思ったのは、これはスズキさんの『大阪環状線 降りて歩いて飲んでみる』(LLCインセクツ)って本だけど、これはやっぱりすごい本で、例えば実際の街やお店の情報量ってすごいじゃないですか。そこから情報を削って「ここだけを書く」っていうセンスって、めちゃくちゃ難しい気がするんです。

本当はあれもこれも書きたいとなるんだけど、そこをキュッと絞っていくのには、よほどの編集力が必要だなって最近良く思うんですよ、本当はもっと長文にしたいんだけど、そうしちゃうとみんな読むのが大変だから、なるべく短く読みやすくする。でもそうすると、この情報量はどこいったんだってなっちゃうし。そういうジレンマがずっとありますね。
スズキ だから、本当は「この街はなんとかである」なんて言えるわけないのに、そんなに文章量も割けない連載だから、そういう概略みたいなのもを書くことになって何か嘘ついている感じが、そこが一番つらいところですね。
それが終わると、あとは自分の飲み歩きのターンに移れるので楽なんですけど、最初の街の紹介っていうのは、紹介なんて簡単にできないのに、しなきゃいけないとなると難しいですね。
豊田 あと、なんかもう使ったらまずい言葉とか表現もいま多いから。言葉がとても難しい時代になっていて、迂闊なことを言えないもんね。
スズキ そうですね。なんかフィルターを通して書けることって、ちょっとしかなくなってるんですよね。それが本当に書き手が思っていることだったらいいんだけど、難しいですね。
豊田 最近京都にちょこちょこ行くんだけれども、あの人たちあんまり喋らないじゃないですか? 基本最低限のことしか喋らないという。いまはそれが一番賢いのかもしれないなと思って、なるべく僕も今後は少し口にチャックをと(笑)。
スズキ この本のどこかで、これは「小説」って言っているから嘘も書けてしまうこともちょっと嫌だなっていう風に書いていますけど、でもそれが書けることの幅や自由さっていうのはありますよね。
豊田 本当はあるはずで、そういう表現をずっと僕は探してますね。でもやっぱり、自由だなと思うことは音楽のほうが多いんですよね。それを本当に毎日探してる。
スズキ この本を読んでも、自由でいいなと思いましたけどね。「無題」っていう作品がめっちゃ好きです。
豊田 自分のなかでも、本を作るチャンスなんてなかなかないので、最近だんだん実感が湧いてきていますね。

2025年2月22日(土) FOLK old book storeにて
構成・編集:五十嵐健司
[ゲストプロフィール]

スズキナオ
1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』を中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『家から5分の旅館にに泊まる』、『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』、『「それから」の大阪』など。パリッコとの共著に『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ”お酒』、『酒の穴』などがある。
[著者プロフィール]

豊田道倫
1970年、岡山県倉敷市生まれ。大阪府豊中市で育つ。1995年、パラダイス・ガラージ名義の『ROCK‘N’ ROLL1500』でCDデビュー。それから、ソロ名義等で多数のアルバムを発表。2020年、25年住んだ東京から、大阪市内に転居。自主レーベル「25時」でCD、ZINE等を発表。著作は『東京で何してる?』(2011年、河出書房新社)、『たった一行だけの詩を、あのひとにほめられたい』(2013年、晶文社)に続いて、3作目となる。
Photo by 倉科直弘
[書籍情報]

東京からの転居、コロナ禍での先行きの見えない日々。寂寥感と欲望。
消えた女、死んでしまった友人、家族、行きずりの出会いと別れ。生活をとりまく些細な出来事から湧き上がるエモーション。
生活とイリュージョンの往還からうまれた20篇の物語。
パラダイス・ガラージ、豊田道倫&His Band!などの活動で知られるミュージシャン・豊田道倫によって、感傷的な現実と幻想のあわいを溶かすような文体でつづられる待望の短編小説集。