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2022.07.29

04 フォートウエノ

大森克己

 「創業は1971年(昭和46年)。24歳のときに脱サラして始めたんですよ。人に使われるのがイヤでね、最初は証明写真と現像の受付のみで、それを現像所が集めに来ていました」と語るのは上野起正(うえのおきまさ)さん。「もともと、通りの反対側のコーヒー屋さん(MATT COFFEE)がある場所で営業していたんですが、34年前、1988年(昭和63年)に明治通りの拡張工事があって、ここに移りました」「白黒の現像とプリントは自分でやってましたよ」

 山手線の恵比寿駅と渋谷駅のちょうど真ん中あたり。明治通りに面して一軒の写真屋さんがある。「フォートウエノ」ごくごく普通の店構え、看板には、「カラープリント30分仕上」「証明写真」「カラーコピー」「ミニ写真館」という言葉が並ぶ。「普通の」と記したが、知る人ぞ知る、ちょっと特別な場所でもあるのだ。写真というものがデジタル化して久しく、プロもアマチュアも、写真といえばスマホで撮影したデータをモニターで見る、ということが当たり前になった。しかし、ここ「フォートウエノ」では銀塩フィルムを装填したカメラで撮影されたフィルムを現像し、その現像済みのネガから引き伸ばし機のレンズを通して画像を拡大して印画紙に露光する。そして、印画紙を現像液に浸し、定着してプリントを作るという昔ながらの方法を、いまでもサービス提供し続けている貴重な「写真屋さん」なのである。(フジのCN16現像、あるいはコダックではC41現像と呼ばれるフィルム現像処理の後、発色現像方式印画の chromogenic print を作るというプロセス)


 ほとんどのプロラボがフィルム現像を止め、廃業、あるいはデジタルデータを扱う業務に転換してしまった現在、数少ない銀塩フィルム、プリントを愛する写真好きの重要な拠点になっている。撮影スタジオやデザイン事務所が点在する代官山や恵比寿が近いという土地柄もあいまって、訪れる顧客の半分以上がプロ、あるいはハイアマチュアで、独特の雰囲気に満ちている店内。もちろん、近隣の住民の方が証明写真を撮影しにきたり、スマホの写真をプリントしたり、という業務も並行してこなしつつ、である。



「伊藤祐治さんはフォトマスター検定一級。一枚いちまいの写真を吟味して、写っている人やもののことを考えて丁寧にプリントしてくれるセンスと技術は脱帽です」

 ボクがフォートウエノを知り合いのフォトグラファーに教えてもらったのは、2000年代の初め頃で、サービスサイズのプリントの美しさ、仕事の丁寧さに驚愕した。そして2009年から2010年にかけて発表した写真集『STARS AND STRIPES』『incarnation』『Bonjour!』の三部作を制作する際、本番の入稿プリントを作る前に、セレクト、レイアウトのための大量のテストプリントを作るのには本当にお世話になった。最近では昨年(2021年)に参加したグループ展『語りの複数性』で展示した作品『心眼 柳家権太楼』も、こちらでプリントを作っていただいた。



左から、上野起正さん、上野美子さん、伊藤祐治さん、上野利之さん

 この店で主に現像、プリントの作業に携わっているのは創業者の上野起正(うえのおきまさ)さん、上野利之(うえのとしゆき)さん、伊藤祐治さんの3人。利之さんは1978年生まれで、起正さんの次男。伊藤さんは起正さんの甥御さん(妹さんの息子さん)で、1967年生まれ。高校卒業以来35年間、ここで現像とプリントを続けているベテラン。今回はいつも朗らかな笑顔で迎えてくれる利之さんを中心にお話をうかがった。

 利之さん「中学まで近所の公立に通って、高校は目黒。大学は北海道・函館です。経済学部だったんですが、3年ぐらいから家を継ぐことに決めて、4年の時には大学の授業はほとんど出なくて良かったので、渋谷の日本写真芸術専門学校に1年間通ってました」「それで、2002年の大学卒業と同時にここで働きはじめました」

「2000年代の中頃にデジカメプリンター、スキャナー兼プリンターを導入したのかな。デジカメが普通のユーザーに浸透しはじめた頃で、普通のお客さんがコンパクト・デジカメで撮った旅行や遠足なんかの写真をプリントしていました。それはもちろん、いまでも、ですけど」
「フィルムの現像・プリントの方はどうなっていくのかなあ、なんていう不安もあったんですが」
「2008年頃からか、口コミでプロの方のお客さんがどんどん増えて来て、けっこうな量のフィルム現像を頼まれるようになりました。ファッション系の人が多いのですが、学生さんや、中国、韓国の若い方も」

――プロの仕事って、一般のお客さんと違って撮るフィルムの本数も多いじゃないですか?とまどったりしませんでした?

「いや、単純にうれしかったですよ。こんな古い普通の店で自分が現像した写真が、最先端のファッション雑誌に載っていたりするのは面白いし、そのお手伝いをできているのは楽しいですよね」「カメラマンっていう言い方が、その、シャッターを切る瞬間だけをどうしてもイメージしちゃいますけど、プロの方っていうのは、そこまでのアイデアとか準備が凄いんだな、とも思います」

――プリントのクォリティが高いなあ、っていつも思うんですが。

「写真が好きなんですよね。料理屋さんが美味しいものをお客さんに食べて欲しいな、と思うのと、多分いっしょだと思うんです。機械焼きだからオートは効くんですが、そこから微調整して。特に普通のお客さんが撮った写真は一枚いちまい、シチュエーションや光の加減が違いますよね。36枚を同じテンションで撮っているわけではないのでで、その絵柄を見ながら綺麗にプリントしたいな、って」

「それは父も伊藤もそうなんで、なんか儲からないです(笑)。やり直すこともありますし。でも、対面で直接お客さんがよろこぶ顔を見れるので、やる気もでるし、うれしいんですよ」

「もともと店が第2の家みたいなもんで。中学のときにちょっとした反抗期みたいなものはありましたけど、まあ髪の毛を茶髪にしたぐらいのもので」

「ずっと渋谷、代官山で遊んでいて、お洒落とかそういうのじゃなくて、ただ近所なんで。原宿ですらちょっと遠い感じで、小学校5年の時に大田区に引っ越して、世界は広いな!と(笑)」

「で、親には反対されたんですが、わがままをきいてもらって北海道の大学へ行きました」

――お店でノベルティの T シャツなんかも積極的に作ってますよね?

「場所柄、個性的なお客さんもたくさんみえてくださって。俳優の村上淳さんが面白がって作ってくれて。インスタで “野菜の写真”をポストして、って呼びかけて」

「なんで野菜か? 野菜ってだいたいどこの家にもあるし、畑でも台所でも冷蔵庫のなかでも、どこでもあるので、誰でも撮れるでしょ、って。それで、その野菜の写真をうちにメールしてくれたお客さんにプレゼントしたのがきっかけです」

――メチャ面白い! その野菜の写真だけで写真集ができますね!

「たしかに~(笑)」

利之さんは、いま住まいのある蒲田から渋谷区東の店舗まで自転車で、真っ直ぐ来ると40分ぐらいのところを、時々止まって写真を撮りながら毎日1時間半かけて通勤している。その道中が楽しくて仕方がない、という。

「やっぱり写真が好きなんですよね。凄い好き、っていうよりも、なんかジワジワと好きなんです」

「仕事をはじめてから、けっこうな時間が経って、最近ではだんだんと自分よりも年下のお客さんが増えて来るじゃないですか。それがちょっと不思議な感じもしてたんですが、最近では若い人に対して“写真を広める”のも仕事なのかなあ、と。こんど、お店に来て下さっているお客さんたちと駒澤の洋服屋さんで写真展をやるんですよ。5人でのグループ展」



公美さんと利之さん夫妻。北海道・函館のコンビニエンスストアでバイトしているときに出会った2人


永野友美さんは日大芸術学部写真学科卒業。専門知識や技術もバッチリで、現像、スキャンを手伝うことも

 男たち3人のほかに、起正さんの奥さん美子(よしこ)さん、函館で出会った利之さんの奥さん公美(ひろみ)さん、それから元々、高校生のときからのお客さんだったという、写真好きで、近所に住む永野友美さんの3人の女性たちも店を手伝っている。店が終わる20時になるとお母さんはライフ(明治通り沿いのスーパー)にいって晩ごはんなどの食材を買いにでかける。そして1時間くらいお店には帰ってこなくて、店じまいをした起正さんがお母さんの帰りをまっている。

 「父は、生涯現役なのかなあ」と利行さんは笑う。「仕事をやらないということが、想像できないんですよ」

 こんな仲の良い家族経営の「写真屋さん」、時代に対してあらがうでもなく、ただ写真が好きだから、とフィルム現像を続けている「写真屋さん」がある街、って本当に素敵だなあ、とうれしくなる。

 

フォートウエノ
東京都渋谷区東2-23-7 山田ビル1F

[営業時間]
平日10:00~20:00
土曜・祝日12:00~20:00
日曜日 定休日
http://photo-ueno.sakura.ne.jp/

大森克己

写真家
1963年、兵庫県神戸市生まれ。

1994年『GOOD TRIPS,BAD TRIPS』で第3回写真新世紀優秀賞(ロバート・フランク、飯沢耕太郎選)を受賞。

近年の主な個展「sounds and things」(MEM 2014)「when the memory leaves you」(MEM 2015)「山の音」(テラススクエア 2018)など。

主な参加グループ展に東京都写真美術館「路上から世界を変えていく」(東京都写真美術館 2013)「GARDENS OF THE WORLD 」(Museum Rietberg, Zurich 2016)などがある。
主な作品集に『サナヨラ』(愛育社 2006)、『すべては初めて起こる』(マッチアンドカンパニー 2011)『心眼 柳家権太楼』(平凡社 2020)など。

YUKI『まばたき』、サニーデイ・サービス『the CITY』などのジャケット写真や「BRUTUS」「MUSICA」「花椿」などのエディトリアルでも多くの撮影を行っている。


1997年から2022年まで様々なメディアで発表してきたエッセイ、ノンフィクション、書評、映画評、詩、対談などにコロナ禍の日々を綴った日記を加えた、言葉、記録と記憶の一冊『山の音』(プレジデント社)を7月28日刊行


photo by フォートウエノ