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2022.04.26

絶滅危惧種である「ファンシー絵みやげ」の保護活動を日本全国で行い、これまで調査した土産店は約5000店、保護した個体は21000種におよぶ、ファンシー絵みやげ研究家の山下メロによる、解説連載。全国行脚、個体比較、分析推察をもって、ヘンテコかわいいファンシー絵みやげカルチャーを真剣にツッコミ! 懐かしいけど斬新、ゆるいけど辛辣、そんな愉快なファンシー絵みやげの世界に誘います。

はじめに

この連載では1980年代から1990年代にかけて日本中の観光地で売られていた子ども向け雑貨みやげ「ファンシー絵みやげ」(ファみやげ)の魅力を紹介しています。

ファみやげの定義を簡単に説明すると、3つの特徴があります。

1. 実用的なものにイラストがプリントされている
2. そのイラストはデフォルメされた偉人や擬人化した動物である
3. そしてローマ字や手書き文字で地名が書かれたり、言葉が添えられたりしている

今回のテーマは、ヤシの木。南の島における海水浴場などで外せない要素ですね。

なぜヤシの木なのか

昨今、空前のシティポップブームが起こっています。そのブームは音楽ジャンルという枠を超えて、昨今の昭和・平成レトロブームとも結びついて、当時の若者文化にも波及しています。中でも、個性的な商業寄りイラストレーターが多く誕生した当時、シティポップ関連のレコードジャケットを手がけていた永井博さんや鈴木英人さんのイラストの人気が再燃しております。

そこに描かれるのは、東京やマンハッタンの摩天楼といった都会的な風景よりも、アメリカ西海岸的なシーサイドリゾート。分かりやすく要素を挙げれば、青い空にカモメと入道雲、白い砂浜に白波、サーフボードをのせたフォルクスワーゲンのビートル、そしてヤシの木です。


東京都島しょ部、八丈島のキーホルダー。「MARIN PARADIS」の「I」をヤシの木にしたアイディア溢れる商品。だけどパラダイス=「PARADISE」の「E」が足りない気がします。

そういった「シーサイドリゾートへの憧れ」があって、海水浴場など海にまつわる観光地においても、そのイメージに近づけようという意識があったのです。当然それは、そこで売られるファンシー絵みやげにも反映されていました。


神奈川県の逗子マリーナ


東京都ナンパ島とまで呼ばれた新島のキーホルダー。まず全体の形がヤシの木な上に、さらにイラストにもばっちりヤシの木が描かれています。ヤシの木 in ヤシの木です。

やたらヤシの木はえてる問題

南国リゾートの雰囲気を出すためにヤシの木は欠かせません。実際に日本の観光地でも、南に行けば行くほどヤシの木が生えています。宮崎県や高知県といった南国では、幹線道路沿いや主要な駅の前に、ヤシの木が林立しています。

宮崎県。車内から撮影。
鹿児島県の池田湖畔

たとえば関東地方であっても、逗子マリーナなど海沿いにはヤシの木が生えています。最近では千葉にあるヤシの木スポット「千葉フォルニア」も話題ですね。


千葉フォルニアのある千葉県・房総半島のキーホルダー。イラストにもヤシの木、そして「PALM CLUB」と書かれたベースにもヤシの木型の穴があいています。


こちらも房総半島のキーホルダー。こちらはヤシの木が生えている部分にヤシの木型の穴が……。もはやヤシの木の存在が消失!? ヤシの木が存在した部分に、次元の歪みともいうべきブラックホールが出現したようになっています……。

ところで、日本はそもそもヤシの木が自生するような場所なのでしょうか。その答えは、ファンシー絵みやげを探して愛知県・伊良湖岬に行った際、フェリー乗り場で見つけました。ここには「やしの実博物館」という展示施設があるのです。


そこに、ヤシの木が生えるエリアを示した地図があり、確かに日本は、ヤシの木が生えるべき範囲が含まれています。


しかし、ファンシー絵みやげを見ると、どうもその範囲を超えてヤシの木が存在しているようなのです。

かなり数が多いので、ヤシの木が描かれたファンシー絵みやげキーホルダーの中から、厳選していくつかご紹介いたします。


長野県・軽井沢のキーホルダーにもヤシの木。海なし県で、スキー場や牧場のイメージがある高原なのですが……ヤシの木……


高原の原宿と呼ばれた山梨県・清里高原(KIYOSATO)のキーホルダー。小海線という鉄道が通っているものの、それはかつて大きな湖があったというだけで、今ではJR最高地点の近くにある標高の高い駅なのですが……なぜか「ぼくちゃんビーチ」。全裸でサーフボードを持った男の子と、後ろには風に吹かれたヤシの木!


どんどん北上してみましょう。
新潟県の中越エリアにある寺泊でもサーファーとヤシの木。確かに画像検索すると、ヤシの木は存在するようですが……無事冬を越せているのでしょうか……


新潟県の北部・下越地方、瀬波温泉が有名なSENAMIのキーホルダー。場所的にはヤシの木のイメージがありません……確かに、かつてはビーチランドという施設もありましたので海水浴場といったイメージもあるのですが……


岩手県の碁石海岸にもヤシの木!


陸中海岸にも!


田老にも!

筆者の所持品で調べたところ、ファンシー絵みやげにおけるヤシの木の登場する北限は岩手県まででした。
もし、岩手でもさらに北側や、青森県・北海道でヤシの木が描かれたファンシー絵みやげの情報がございましたらご連絡ください!


こちらは仙台の青葉城。伊達政宗のキャラクターがいる場所は、なぞの砂浜。遠くに青葉城が見えますね。しかし……


このバージョンでは、青葉城がヤシの木に変わってしまってます!!


最終的に、東京の「府中市郷土の森」で、東京の多摩地区なのにヤシの木!森なのに海!……が描かれているキーホルダーについて調査したことがあります。こちらについて詳しくは動画をご覧ください。

ヤシの木は、もはやどこでも背景に描かれていたことが分かりました。
では、ヤシの木そのものが主役になっているものは無かったのでしょうか。

ヤシの木がとんでもないことになっていた

前回、ファンシー絵みやげに植物のキャラクターが少ないというお話をしました。野菜や果物を擬人化したキャラクターは少ないですし、草花や樹木は背景にこそなれどもあまり擬人化されません。

同じようにヤシの木そのものがキャラクターとなっている例は少ないです。なにしろ特徴である細長い幹を二頭身のように縮めてしまうことはアイデンティティの喪失。「ヤシの木」だと認識できなくなってしまうからでしょう。

しかし強引にキャラクター化してしまった例は存在します。それは東京都島しょ部、八丈島で発見されました。

この「やしの木らんど」の木製キーホルダーは、幹の下の方が末広がりに大きくなっていて、そこへ顔を描き、両手を付けることで、擬人化を達成しているというわけです。

ですが、これはまだ序の口です。
この程度であれば、下から見上げてパースがついたヤシの木と見立てることもできます。

では、もっともっと縮められてしまった例を見てみましょう。


こちらは宮崎県のウォレットチェーン。かなりヤシの木が縮んでしまっています。

しかし、これでもまだまだです。


こちらは立体の陶磁器でできた風鈴。その構造上、どうしても空間が必要なのでヤシの木が、こんなに太くなっちゃってます。だったらヤシの木以外のモチーフでも良かったんじゃないかと感じてしまいますが、「ヤシの木のアイデンティティを捨ててまで風鈴にしなくてはならない」という、その強迫観念こそが人気である証拠でしょう。

さらに、こんな例があります。


こちらは東京都島しょ部、伊豆大島のキーホルダーです。

「CORAL愛ランド」は、石川優子とチャゲ「ふたりの愛ランド」を思わせます……が、問題はその下。

もう、これはヤシの木なんでしょうか……。

実が子どもみたいなものなので、実がなっている時点で親子みたいなものですが、小さいヤシの木も寄り添っていて親子っぽさがあります。

私は、ここまで強引なキャラクター化を遂げた例を知りません。やはりヤシの木が、それほどまでに重要な存在だったということでしょう。
日本中いたるところにヤシを強引に植えているのもまた、観光地において雰囲気を出すのに外せない要素ということなのでしょう。

海沿いの観光地などに行かれましたらヤシの木に注目してみてください。

山下メロ

Mero YAMASHITA
庶民風俗の研究家。バブル時代の観光地みやげ「ファンシー絵みやげ」と平成初期の文化「平成レトロ」を主に研究。著書に『ファンシー絵みやげ大百科 失われたバブル時代の観光地みやげ』(イースト・プレス刊)がある。最新刊『平成レトロの世界 山下メロ・コレクション』(東京キララ社)発売中!

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