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サマージャム'23
サマージャム'23
絶滅危惧種である「ファンシー絵みやげ」の保護活動を日本全国で行い、これまで調査した土産店は約5000店、保護した個体は21000種におよぶ、ファンシー絵みやげ研究家の山下メロによる、解説連載。全国行脚、個体比較、分析推察をもって、ヘンテコかわいいファンシー絵みやげカルチャーを真剣にツッコミ! 懐かしいけど斬新、ゆるいけど辛辣、そんな愉快なファンシー絵みやげの世界に誘います。
この連載では1980年代から1990年代にかけて日本中の観光地で売られていた子ども向け雑貨みやげ「ファンシー絵みやげ」(ファみやげ)の魅力を紹介しています。
ファみやげの定義を簡単に説明すると、3つの特徴があります。
1. 実用的なものにイラストがプリントされている
2. そのイラストはデフォルメされた偉人や擬人化した動物である
3. そしてローマ字や手書き文字で地名が書かれたり、言葉が添えられたりしている
今回のテーマは、女子と男子のファンシー絵みやげです。
ファンシー絵みやげのターゲットは、女子のようで実際は男子だったと以前書きました。絵柄はファンシーショップで売られている文房具のキャラクターのようで、内容は男子が好みそうな下ネタが結構あるのです。修学旅行で、木刀を買ってしまう者が多いように、男子はやたらと「モノ」を買います。なんなら不要な「モノ」でも買ってしまいます。筆者の学生時代を思い返すと、女子は美味しいお抹茶を飲む、有名なスイーツを食べるなど「体験」にお金を払っていました。男子は食品のお土産にすらあまり興味がなく、後に残る「モノ」を買いがちな印象があります。
とはいえファンシー絵みやげは可愛い商品群なので、女子にも買って欲しいところ。男子も女子もターゲットにし、さらにカップルがデートで訪れた際に記念に「ペアルック」として買えるように、男女が描かれた商品が多いのです。たとえば、その観光地にまつわる有名な人物がいない場合でも、とりあえず分かりやすいランドマークとともに「誰でもないカップル」を描きます。
リアルタッチの風景や建築物だけを描いた商品は、狭義のファンシー絵みやげに含みません。なぜなら、子供向けの商品ではかなりの少数派だからです。しかも風景や建築物は、可愛いフォルムに変化させることが難しかったり、可愛くするとアイデンティティを喪失させることになったりもします。ファンシー絵みやげでは、風景や建築物だけが有名な観光地でも、リアルに描いた背景の前に人物を立たせます。それは幼い雰囲気に誇張・簡略化した、漫画タッチの人物でなくてはなりません。テレビアニメや児童漫画で慣れ親しんでいる絵柄、そして幼い雰囲気ゆえに感情移入もしやすくなるからです。動物や植物であっても擬人化して描くのも同じ理由でしょう。そういった中でも「誰でもないカップル」が多いのです。
観光地として定番の温泉地というのも、特別な要素がなければそれほど大きな違いはありません。ですが、野趣あふれる湯舟だけを描くわけにもいかないので、そこには入浴する人物が必要となります。城崎温泉では志賀直哉、熱海では金色夜叉、箱根では金太郎、伊豆では踊子、地獄谷や別府ではニホンザルなど特定の有名キャラクターがいる場合は良いのですが、そうでない場合。ここで「誰でもないカップル」の出番なのです。
しかし、特にキーホルダーのように面積が小さい場合、男湯と女湯を分けて描くことは難しく、さらにカップルの感じにするには同じ湯舟に浸からせざるを得ません。つまり内湯の露天風呂っぽい小さい湯舟での混浴となりがちなのです。これは「どうしてもカップルを描きたい」という目的が先にあっての混浴でした。
このように混浴のイラストは定番で、逆に混浴でないイラストを探すのが難しいほど。これは、かつて日本で当たり前だった混浴文化がどうこうといったものではなく、カップルを描く必要からくるものだと思われ、しかもそれがよく分かる例なのです。
その観光地に歴史的な偉人などが存在する場合は、その有名人を幼く誇張・簡略化して描きます。しかし、前時代的な偉人となると男性が多数派で、女性は少数派でした。そこで、カップルとするために隣に女性を描くことが「カップル」という形をとっていたのです。どんなカップルのファンシー絵みやげが生まれていたか見ていきましょう。
このように誰でもない相手を選ぶケースは、京都の新選組と舞妓さん、福島県会津若松の白虎隊と娘子軍など、不特定多数同志というパターンが多いです。それぞれ誰でもない1人ずつが選出されています。
他には北海道はキタキツネのカップル、長野県などでは男女のスキーヤー、姫路城などで忍者とくの一、宮島などで神主さんと巫女さん、長崎のシスターとバテレンなど、とりあえず男女で組み合わせる例は色々と見つかります。
温泉の話で紹介した熱海のカンイチ・お宮、伊豆の踊子と書生さんなど、小説の舞台になった観光地でも男女カップルものが見つかっています。しかし問題は、愛媛県松山市・道後温泉。ここは夏目漱石の「坊っちゃん」の舞台であり、そのファンシー絵みやげが数多く存在します。そして、そのほとんどが問題を抱えているのです。
小説ということで本の形のキーホルダー。
しかし寄り添う坊っちゃんとマドンナ。
「てれるぞなもし」
……何かがおかしい。
顔を寄せ合う坊っちゃんとマドンナ! そしてハートマーク!!
いくらカップルが必須だからといって、これはおかしい。
小説「坊っちゃん」において、マドンナは少ししか登場しません。セリフもありません。なんなら主人公・坊っちゃんは遠くからマドンナを見るだけ、逆にマドンナは坊っちゃんのことを認識してすらいません。坊っちゃんは、マドンナのことを うらなり から 赤シャツに乗り換える「いけ好かない令嬢」だと思ってるくらいなのです。
こんな風に他のサブキャラまで描いてるものでも、カップル扱い……。物語を把握してるのでしょうか……。
そして「ベスト・コンディション・イン・松山」とは一体……。
ここまでキャラクターを描いていて、なお2人がセットで描かれるのはおかしいのです。
「坊ちゃん」におけるマドンナとは、うらなり の婚約者だったのに、策略で赤シャツに乗り換える……といった話です。
ほとんど出てこないマドンナ、セリフも、心理描写もないのです。
こんなヒロイン扱い自体がそもそもおかしいのですが……。
というわけで、現地の土産店で「これおかしくないですか??」と聞いてみたことがあります。するとこんな返答でした。
「おかしいけど、売れるからいいんじゃない?」
現地の土産店の方も寛大なので、問題ない……のでしょうか……?
ちなみに地元の方でも「坊っちゃん」の内容をよく知らない人は多いようですね……。
最後にカップルとして描かれていませんが、マドンナと坊っちゃんの絵のタッチが違い過ぎる暖簾をご覧ください。おかしいのですが、むしろ本来これくらいの距離があるのが正しいのです……。
こんな風に、小説の世界観を捻じ曲げてまでカップルが捏造されていました。ファンシー絵みやげは、これほどまでにカップルにこだわっていたのです。たとえお持ちのファンシー絵みやげにカップルが描かれていても簡単に信じてはいけません。政略結婚のように、商業的な理由でくっつけられたビジネスカップルの可能性があるのです。本当の恋人同士なのかどうか、よくお確かめください。
Mero YAMASHITA
庶民風俗の研究家。バブル時代の観光地みやげ「ファンシー絵みやげ」と平成初期の文化「平成レトロ」を主に研究。著書に『ファンシー絵みやげ大百科 失われたバブル時代の観光地みやげ』(イースト・プレス刊)がある。最新刊『平成レトロの世界 山下メロ・コレクション』(東京キララ社)発売中!