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2024.02.09

01  箱根のAIピアノ

中山信一

先日、家族で箱根旅行に行った。

我が家の子供たちは車が苦手なので、電車で箱根まで行くことにしたのだが、その日はあいにくの曇りで小雨も降り、途中下車の強羅ではあたり一面、白い霧に覆われて箱根の山々はほとんど見られなかった。

「すごい霧だね」「何も見えないね~」
と家族と会話をしながらも、これはこれで霧深い箱根も風情があり電車旅も悪くないな、と旅の道中を楽しみながら僕らは目的地であるホテルに向かうことに。

ロープウェイなどを経由して最寄駅から森の山道を少し歩いていくと、ようやく目的のホテルに到着した。

「お~ついたついた!」と2時間ほどの旅で流石に疲れていた自分は、心の中で「早く温泉に浸かりたい……そのあと部屋のテレビをつけて、たまたまやってた知らない刑事ドラマとか見たい……饅頭食べたい……」などと、雑念にまみれながら足早に入口に向かう。ホテルに入ると昭和の洋館風でエレガントな佇まいのエントランスロビーが僕たちを迎えてくれた。

右には懐かしいキーホルダーが揃ったお土産屋、左にはレストランと箱根の観光パンフレットが並んだコーナー、壁には素敵な花の油絵(作者不明)が並んでおり、BGMにはショパンのクラシックが流れていた。個人的にとても好きな雰囲気だ。

その後、荷物をソファに下ろして子供達がはしゃぐ中、早速チェックインをしようとフロントに向かった時、ロビーの奥にピアノが置かれていることに気がついた。

「おお〜ピアノがある」と子供達と見にいくと、BGMだと思っていたショパンの曲は、そのピアノが自動演奏していたのだった。

昔、楽器屋の店頭で「この一台で数々の名曲を自動演奏!」みたいな謳い文句とともによく見かけた記憶があるが、大人になってからは久しぶりに見た気がする。

子供たちは初めて見るただただ鍵盤だけが静かに弾かれていく自動演奏に興味津々だったが、僕は最近のAI台頭のニュースもあってか、その黙々とショパンを演奏するピアノに妙な可笑しさを感じてしまった。

「ショパンもまさか自分の曲がロボに演奏されるとは思わなかっただろうに……」
と考えているうちに、AIピアノはショパンに続けて、次にドビュッシーの名曲も弾き始めた。

「ドビュッシーもショパンと並んで、節操なくロボに演奏されるとはつゆしらず……」
と、もしここにショパンたちがいたらどんなシュールな顔をするだろうと考えると、だいぶ可笑しいなと変なツボに入ってしまった僕は、初日から最終日のチェックアウトまでAIピアノが気になって仕方がなくなってしまったのだ。

食事でロビー横のレストランに入るときも、AIピアノが誰の曲を演奏しているのかチェックしてみたり、夜遅くに静かになったロビーで電源を切られたAIピアノを見て謎の哀愁を感じてしまったり。

そして色々考えた挙句、逆にロビーでもし本物のピアニストが我々を迎えるべく、感情たっぷりにショパンを演奏していたらどうだろうと想像し、それはそれで非常に暑苦しい気もするし、なんだかんだAIピアノが奏でるショパンがちょうど良いのではないか、とロビーに設置された無料のインスタントコーヒーを飲みながらAIピアノのあり方についてぼんやり納得していた。

きっと今日も箱根のAIピアノはロビーで、矢継ぎ早に歴史的名曲を淡々と演奏しているんだろう。

ちなみに最終日に寄った箱根彫刻の森美術館に行った際にも、館内のレストランで注文した料理を最近ファミレスでよく見かける配膳ロボが「リョウリガトオリマス! オマタセシマシタ!」と声を発しながら持ってきていた。

窓から見える彫刻芸術と、僕の前に迫ってくる動く最新彫刻こと、配膳ロボの対比がなんとも味わい深い。

しばらくは旅行先でのAIロボたちの活躍から目が離せなさそうだ。


中山信一

イラストレーター、ラッパー
1986年 神奈川県生まれ。広告や書籍、アパレルグッズ、絵本などのイラストを手がける他、個展などで作家としても活動。またHIPHOPユニット「中小企業」のラッパーとしても活動しており、2021年7月に初のソロアルバム「Care」をリリース。東京造形大学 非常勤講師。

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