日々のはなし

02 大道芸人の眼差し

中山信一

昔から目的よりも、その目的のそばにある別のものが気になってしまうことがよくある。例えば水族館に行って水槽にいる魚よりも、顔面をこれでもかというくらい水槽にくっつけて魚を見つめる子供に目がいってしまったり、音楽ライブに行ってアーティストの演奏ももちろんだが、それと同時に隣で熱狂しながらシャウトしてる一見大人しそうなおじさんが気になってしまったり、とにかくメインのものと同時にサブに気がいってしまう性分みたいだ。

昨年だったか横浜みなとみらいに休日に出かけた時、広場のようなところでたまたま大道芸人がパフォーマンスの準備をしているところにでくわした。
そこは商業施設の一部になっている場所で、よく見るとステージから少し離れた奥の方で、これからパフォーマンスをするであろう大道芸人たちが楽しげに雑談したり、軽い練習をしたりしている。ピンのベテラン風の芸人からピエロ服を着たユニット2人組、おそらくアクロバット系であろう筋骨隆々の芸人チームなど様々な芸人たちが控えていて、皆とても明るく賑やかな雰囲気だ。笑い声も飛び交い、加えて商業施設に流れる知ってるようで誰も知らない陽気なBGMも相まって、会場はとても和やかなムードに包まれていた。

「いい時間だわ~」
と、みなとみらい駅で買った甘いパンをムシャムシャと頬張りながら平和な大道芸の時間を待っていると、さっきまでの陽気なBGMが一変し、壮大なオープニング音楽と共にいよいよ大道芸ショーのスタートのアナウンスがされた。観客は休日ということもあり子供たちを先頭に大勢のお客さんがステージ前に集まり、これから始まる大道芸をワクワクしながら待っている。

そんな中、最初に登場したのがさっきまで奥の方で準備をしていたピエロの2人組だ。陽気なおしゃべりとともに次々とユーモアのある芸を披露し、たちまち笑いと拍手がおこる。僕も最初はみんなと同じくメインであるピエロたちの芸を普通に堪能し、「おお~」とか言いながら拍手をしたりしていた。

が、しかし途中からあるものに気づいてしまう。パフォーマンスをしているピエロたちの奥で、物凄い目つきでそれを見つめる控えの大道芸人たちだ。その鋭い眼差しはさっきまでの和やかな雰囲気とは打って変わり、ライバルの活躍を見つめるアスリートのようなギラギラした熱いものだった。

「な、なんて鋭く熱い眼差し……」
なんならお客さんよりもずっと真剣にピエロたちの芸を見ている気がする。おそらく自分の出番前の芸人がどのくらいの技量なのか、お客さんのウケはどうか、学ぶべき話術はないか、など色々見逃すまいと真剣な眼差しでパフォーマンスをするピエロたちの一挙手一投足を見つめているに違いない。

ポップなコスチュームを身に纏い、顔面だけはゴルゴ13ばりの鋭い眼光で舞台を見つめるその姿に僕はすっかり魅了されてしまった。そしてその瞬間から僕の頭の中で「熱血大道芸人物語~汗と涙のジャグリング~」とNHKで放送されそうな大道芸人の熱血青春ドキュメント(妄想)が始まってしまったのだ。

「僕らを笑かすためにこんな真剣に同業者の芸を見つめてるんだ……うう」
と一人勝手に間違った視点で感銘を受けてしてしまった僕は、そこからピエロではなくピエロの奥にいる控えの芸人たちを見て目頭が熱くなるという、パフォーマンスをしているピエロからしたら、めちゃくちゃ失礼かつ変な客になってしまった。次から次へと披露されるピエロたちの大道芸を見ながら、奥にいる芸人たちがどのような反応をするのか、どこで唸るのか、最後にライバルへ拍手をするのか、しないのか、いずれにせよかっこいいぞあなたたち!などと、とにかく奥が気になって忙しい。

結局、最後まで奥にいるゴルゴ13顔熱血大道芸人たちの方に気がいったままピエロたちのショーがおわり、「真剣な眼差しをありがとう」という一人ズレた気持ちで投げ銭をして、その場を去った。その後もしばらくは「いやー真剣っていいよなー! あっついよなー! ゴゴゴゴゴ!(目が炎になって燃えている)」とまるで甲子園を見たあとのような、大道芸を見終わった感想としては絶対に間違った感情を抱きながら、「よし、俺も頑張ろう!」と謎に奮起する休日であった。

ありがとう熱き大道芸人たち。そしてごめん、ピエロたち。

中山信一

中山信一

イラストレーター、ラッパー
1986年 神奈川県生まれ。広告や書籍、アパレルグッズ、絵本などのイラストを手がける他、個展などで作家としても活動。またHIPHOPユニット「中小企業」のラッパーとしても活動しており、2021年7月に初のソロアルバム「Care」をリリース。東京造形大学 非常勤講師。