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2021.11.24

03 心地のよいカオス空間【奥田染工場】

今井夕華

編集者にして無類の“バックヤードウォッチャー”である今井夕華が、さまざまな施設、企業、お店の“裏側”に潜入して、その現場ならではの道具やレイアウト、独自のルールといったバックヤードの知恵をマニアックに紹介する連載企画。

表舞台編

こんにちは。編集者でバックヤードウォッチャーの今井夕華です。今回お邪魔したのは、東京・八王子にあるシルクスクリーンプリントの工場「奥田染工場」。写真からすでにカオス感が醸し出されていますが、ファッション業界でも存在感のある、れっきとした人気工場です。東京コレクションに出るようなブランドなど、さまざまなアパレルの布がここから生み出されています!

これは奥田染工場が最近手がけた、沖縄のブランド「ゆいまーる」の布小物。これぞシルクスクリーンといった雰囲気で、ハイビスカスの細かい柄まで、くっきり美しい仕上がりです。


(浴衣ブランド「phro-flo」コレクションより)

こちらは浴衣。色ごとに分かれている版をいくつも使って、爽やかな柄を表現しています。

今回は、4代目で社長の奥田博伸さんにご案内いただきました。実は奥田さんは、私が多摩美術大学時代にシルクスクリーンを教わっていた恩師。久しぶりの再会です!ユニークなお人柄は変わらず、数年前にご結婚されて、取材の少し前に第一子が誕生したのだとか。非常におめでたいタイミングで「子どもが可愛くて可愛くて」とデレデレしていました(笑)。久しぶりの人と会うと、それぞれの人生があるんだなーとしみじみしちゃいますね。

舞台裏編

八王子の九龍城

取材当日。雨が降る中、担当編集の五十嵐さんと八王子の駅で待ち合わせて、車で一緒に向かいます。住宅街の中にある奥田染工場。トタンの外壁には選挙ポスターが多数貼られています。使われなくなった版の束を横目に細い道を進み、事務所に到着しました。

在学中に一度だけ来たことがあったのですが、とにかくものが多くて、秘密基地感満載。増築や補修を重ねた建物は、まるで九龍城塞かのような仕上がりです……! 屋外に設置された流しはコンクリートブロックで高さをカスタム。さまざまなパイプとホースが縦横無尽に行き交っています。

飛び散る染料は、まるでジャクソン・ポロック

まずは染料場(せんりょうば)を案内していただきました。木製の棚には、所狭しと染料や顔料がぎっしり詰まっています。ここで色の素と糊を混ぜ合わせ、イメージした色糊を調合していく仕組み。この道30年以上のタノクラさんという職人さんが、色づくり専門で担当しています。

昔使った染料も、いつか使うときのために一応保管しているそう。缶の錆が歴史を感じさせます。

こちらは染料場にある流し。ジャクソン・ポロックの作品みたいに染料や顔料が飛び散っていて、カッコ良すぎます! パッと見るとグレーっぽいですが、よく見るとかなりカラフル。

サイバー空間に照らし出される捺染台

続いては染料場の隣、捺染台(なっせんだい)がある建物に移動します。入り口にはホーローでできた「立入禁止」看板が。入ってすぐにあるのは、シルクスクリーンに欠かせない道具「スキージ」です。なんだか日本刀や中華包丁が並んでいるかのような、厳かな雰囲気。

染料を使う場合は、柔らかいスキージを使って、ある程度布に色糊を入れた方が綺麗に染まるそう。反対に顔料の場合は、硬いスキージを使って、無駄なく色糊を入れると、キリッとした仕上がりに! 刷りたい柄の細かさや、糊の種類、粘度によって、ゴムの硬さと大きさを使い分けています。

捺染台はこんな感じ。蛍光灯に照らされていて、サイバーな空間です! 左上の配管からは、染料を乾燥させるための空気が。表面の樹脂に布がピッタリと貼り付くので、しわなくプリントすることができます。染料用の台は圧力をかけて貼り付ける圧式(あつしき)で、顔料用は熱をかけると貼り付く熱式になっているそう。奥田さんいわく、ここにあるのは日本最古レベルの捺染台で、鉄板も厚く、状態もすごく良いものだとか。

プラバケツは丈夫で最高

プラスチックバケツに入れられているのは、柄を合わせるための器具です。版の横に取り付けることで、決まった幅で柄をリピートできて、別の色を重ねてもずれません。バケツにはもともと染料や糊が入っていたのでしょうか。こういうリユースは、工場の収納の醍醐味という感じでとても好きです!

私調べで恐縮ですが、プラバケツは丈夫なために、再利用される率が特に高い気がしていて。小物収納をはじめ、植木鉢や水槽など、本来の用途よりも第2の人生の方が長い時間なんじゃないかと思うくらい、活用されているように思います。まあ、プラバケツって便利ですもんね。

刷毛は壁面に釘を刺して見えるように収納しています。鹿の毛を使っているので、大学では「鹿刷毛(しかばけ)」と呼んでいました。吸収力があって、ゆっくり水分を吐き出してくれるので、大きな面積を綺麗に染められるみたいです。下のスキージに付いた色もカッコいいですね!

こちらは版の下面に付ける「糊受け」。ここに色糊を溜めながら、一気にスキージを持ち上げてプリントしていきます。スキージ同様、選ぶときは版の大きさに合わせて。

大量の版は期限付きで保管

版はある程度までなら繰り返し使えるので、工場で保管しておきます。以前は保管期間が7年間だったところを、奥田さんの代になって1年契約に変えたそう。といいつつ3年くらいは置いてるんだけどね、という奥田さん。増え続けてキリがないものだから、契約で切ってしまうのが妥当なのかも。逆に、定期的に発注をくれるブランドさんの定番柄は、古いものを含めてずっと置いているといいます。

大量の版には、棚に入った状態で何の柄なのか分かるよう、タイトルと記号、さらには日付が。色ごとに版を分けてつくるので、1つの柄だけでもいくつも保管しておく必要があります。製版作業は京都の工場に頼んでいるそう。

廃棄する版の端きれは、青と緑が綺麗です。こちらもプラバケツにイン。

蒸し場はスチームパンクな世界観

少し移動して、蒸し場に案内してもらいました。中庭を囲むような形状で、さまざまな棟がアメーバのように連なっています。ここには色を定着させるための大型の蒸し器がいくつもあって、そのうちの一つがこちらです。錆びた扉に、汚れたタオル、瓦礫の感じといい、すべてが最高すぎます……。ここから湯気が上がっていたら、スチームパンクの世界そのものですよね。

別の蒸し器はこんな感じ。廃業になったさまざまな工場から譲り受けた機械ばかりだそう。

薬品棚にはキレートレモンと栄養ドリンク、お茶のペットボトルが。誰か職人さんが飲んで並べているのかと聞いたら、すべて薬品が入っているとのこと。絶対に間違って飲んではいけません。

タオルやゴム手袋、軍手、刷毛はピンチに留めて吊るしています。知らない人が見るとどれが何用なのか分からないけれど、本人たちには「これは何用」というのがあるんだろうな。こういう道具コーナーの生活感、かなりグッときます。

最後にやってきた打ち合わせスペースには大量の布が! 刷り終わって余った布をここに保管しています。ラベリングと封には、養生テープとマスキングテープを駆使している様子。反対側の棚には図鑑や雑誌、資料や漫画がズラッと並べられています。

心地のよい「部室」みたいな工場

奥田染工場のバックヤードにお邪魔して思うことは、心地のよいカオス空間だということ。確かにものは多いし、汚れているように見えるものも多い。でもそれは、綺麗な汚れであって、仕事を頑張ってきた軌跡です。

奥田さんは「こんなに汚い工場もあんまりないと思うけど」と笑いますが、奥田さん自身この工場がきっと大好きで、職人さん、デザイナーさんたちからも愛されている、部室のような場所なんだろうな、と思いました。落書きがあったり、私物が置いてあったりして、人と人とが緩やかに交差している感じ。長居したくなる、とても心地のよい空間でした。奥田さん、奥田染工場のみなさん、お邪魔しました!

奥田博伸
Hironobu OKUDA

1979年東京都八王子市生まれ (株)奥田染工場代表取締役。奥田染工場は明治創業。葛飾区から八王子に移ったのち、シルクスクリーンプリントをメインとした布地の加工及び染色特殊加工を行っている。全国の産地を回ったのち、2017年「つくるのいえ」の活動を開始。「つくるのいえ」では地域や全国と連携したブランドの開発や歴史調査記録展示などを行っている。多摩美術大学 技術講師。文化服装学院 非常勤講師。東京マイスター受賞。染色を学ぶ月1回の奥田塾など。

今井夕華

Yuka IMAI
フリーランスの編集者/バックヤードウォッチャー。1993年群馬県生まれ。多摩美術大学卒業。小学校の頃から社会科見学が好きで、大学の卒業制作では多数の染織工場を取材。求人サイト「日本仕事百貨」を経て2020年フリーランスに。人間味あふれるバックヤードと、何かが大好きでたまらない人が大好きです。

https://imaiyuka.net/