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2023.03.08

13 都会の鍾乳洞【望月製本所】

今井夕華

編集者にして無類の“バックヤードウォッチャー”である今井夕華が、さまざまな施設、企業、お店の“裏側”に潜入して、その現場ならではの道具やレイアウト、独自のルールといったバックヤードの知恵をマニアックに紹介する連載企画。

表舞台編

こんにちは。編集者でバックヤードウォッチャーの今井夕華です。今回お邪魔したのは、東京・神楽坂にある望月製本所。映画や舞台のパンフレットをはじめ、デザインに凝った少部数のアートブックなども手がける、頼もしい製本会社です。

最近手がけたお仕事では、大島依提亜さんがデザインした、映画『ミッドサマー』のパンフレットが話題に! ランダムにカットされた小口と、美しい装丁で、映画パンフレットの域を超えて、かなりの部数売れたといいます。


スウェーデンが舞台の「不可解な宗教儀式を描いたホラー映画」ということで、映画のインパクトもすごかったですが、このパンフレットもなかなかの存在感ですよね。

今回は、望月製本所代表の江本昭司さんにご案内いただきました! 写真左は筆者です。

舞台裏編


「トンボ」の外は、バックヤード

取材当日、神楽坂駅から5分ほど歩くと望月製本所に到着。会社の外にはこれから製本する紙や、完成した冊子がたくさん積まれていて、ザ・町の製本屋さんという雰囲気。中にお邪魔すると、いろんな機械がところ狭しと置かれています。ギュギュッと感がすでに最高。スタッフさんたちが黙々と作業をしています。


こちらは紙を切る裁断機。手を切ってしまわないように、刃を下ろすときは両手でボタンを押さないと作動しないというのがポイントです。一般的には、印刷した紙を折ってから製本し、裁断するという流れですが、望月製本所では、先に裁断してから製本しているそう。写真では300枚ほどの紙をいっぺんにジャキーっと切っていて、断面の美しさにうっとりします。


よく見ると、充電器のケーブルが磁石付きのクリップで機械に留められてるではありませんか! これは素晴らしい工夫。磁石ってほんとすごい存在だからなあ。こんな場所に貼り付けられないかあって、一回落ち込んだあと「え!ここ磁石くっつくじゃん」ってなったときの胸の高鳴りってすごいですよね。磁石って本当に偉大。実は美術図書館の記事でも磁石を褒めているのですが、何度だって私は磁石を褒めます。

横には断裁した後の切れ端も。同じ形の細長い紙がいっぱい積み重なって、緩衝材みたいになっています。デザイナーさんならよくご存知だと思いますが、印刷物をつくるときって「トンボ」というのを付けるんですよね。ここまでが使うエリアで、ここから先は裁ち落とすエリアですよ、という。バックヤードウォッチャーの私としては、使うエリア=表舞台、裁ち落とすエリア=バックヤードなんじゃないかと考えているんですよね。つまりこの切れ端はバックヤードそのもの。この切れ端があるからこそ、綺麗な印刷物が仕上がるってことなんです。


その場にある道具でなんとかする力

事務所の中に進んでいくと、天井から垂らされた電源コードがクリップで留められていました。「その場にある道具でなんとかする力」高めですね。いいなあ、いつから留められているんだろう。こういうのって、大体の場合は「何年前からか分からないけど、気づいたら留められていた」「入社したときにはもうこの状態だった気がする」みたいな反応なんですよね。その「どうでもよさ」がバックヤードの良いところだと思います。もしくは逆に「絶対にあの人の仕業だ」っていうパターンもあるんですけどね。


チケットなど、切れ目を入れたい印刷物にぴったりの機械「ミシン目入れ機」もありました。細かな調整用に、ムダ紙をちぎって挟んでいます。こちらも「その場にある道具でなんとかする力」高めな感じ。「もうちょっと深めに切り込み入れたいんだよなあ。あ、そこにある紙挟んでみよっと!」みたいな流れだったんでしょうか。


続いて見せてもらったのは紙をページの順番通りに集める機械「丁合機」です。印刷、製本業界の人じゃないとなかなか使わない言葉ですが、丁合(ちょうあい)と読みます。立体駐車場みたいになっていて、それぞれ違うページが収納されています。スイッチを入れると自動で1枚ずつ集められていくという仕組み。便利ですねえ。


生命力強めな収納

こちらにそびえ立っているのは道具類の山。崩れそうで崩れない絶妙なバランスを保ちながら、テープ類各種、納品書、名刺、筆記用具、飲み物などが見事なピラミッド型を築いています! 飲み物に至っては、紅茶、緑茶、麦茶と3種類から選び放題。さながらドリンクバーです。


じっくり見ていくとこんな感じ。箔押しのための箔ロールや、カッター、指サック、素材の見本帳などもありますね。ベースになっている棚はありつつ、缶やプラケースなどを利用した、生命力強めな収納。x軸y軸のグリッドにはまらない「俺はこの隙間にお邪魔するぜ」「私はここにいますけど何か?」「このバランス悪い場所が逆に居心地いいんだよね」など、ものたちの声が聞こえてきそうな縦横無尽な感じがとても素晴らしいです。やっぱり私はものが多い方が見ていて落ち着くなあ。


こちらは箔押しをするときに使う金属活字です。もともと箔押しの会社としてスタートしたそうで、最盛期はかなり忙しい日々だったのだとか。今は建物をつくるときの設計書の表紙に箔押しでタイトルを印字する、などといったお仕事が多め。きっと使いやすいように配置されているんだろうな。


堆積した接着剤

続いては製本コーナーにやってきました。写真は製本用の糊を溶いた液体とハケが入っている容器ですが、もはや何の素材でできているかわからないくらい、分厚い糊の層ができています。これはすごい!  


じっくり見ると、こんなにボコボコしています。たまに温泉の浴槽とか床で、こういう感じに成分が堆積してるところありますよね。「痛くて歩けないよ!」くらいのやつ。「こんなに立派な堆積物を形成する成分の場所に、生の身体を浸からせちゃって大丈夫なのかな」って一瞬不安になるんですけど、みなさんはその辺りの心持ちっていかがですか? 絶対大丈夫だから運営できてるのは知ってるんだけどさ。記事中盤なので、中弛まないように急に問いかけてみました。


ほら、すごくないですか? 果たして何年くらい使うとこんな感じになるんだろうか。頑張っていっぱい仕事してきたんだろうなあと、しみじみしちゃいますね。最近の糊と、蓄積された糊の色の違いも胸熱です。

私は小学校のとき、絵の具のパレットを完璧に綺麗にしないと気が済まないタイプだったので、こういう長年使われているものを見ると「こんなにもそのままでいいんだ!」と非常に勇気をもらいます。

こちらは製本をするときの重し。何十枚もの厚紙がギュッと貼り合わされていて、ものすごい存在感です。寝かせて使うのはもちろん、厚みもかなりあるので、立てた状態で両サイドから挟み込んでプレスする、という使い方もできちゃいます。


「その場にあったボール紙を張り合わせたんだろうな」ということが、色味の違いでわかりますよね。「せっかくいろんな色のボール紙があるから、白、ベージュ、茶、白、ベージュ、茶のボーダーにしようかしら。こんな柄の服があったらおしゃれだわ」なんて浮かれたところは一切なくて「自分、あくまでも道具なので!ごっつぁんです」という無骨な感じが最高です。


今回お邪魔してみて、望月製本所のバックヤードは、都会の鍾乳洞だと思いました。接着剤や、サビ、インク汚れなど、全てが歳月をかけて少しずつ成長し、結晶になった鍾乳洞。昨日今日では到底出せないエイジング感が非常に心地よく、とてもかっこいい場所でした。

最後に素敵な結晶たちと、ターレに貼られたYAZAWAのシールをご覧いただきお別れです。

江本さん、望月製本所のみなさん、お邪魔しました!



 


江本 昭司
Shoji EMOTO
東京都練馬区出身。製本歴24年。
先代から3年ほど前に事業承継をして、製本の可能性を追求している。
今後はそういった作品などと触れ合いコミュニケーションを図る場作りを計画している。

 


沼田学(撮影)
Manabu NUMATA

北海道出身。プロの野次馬・どこでも出没カメラマン。生来の巻き込まれ体質を活かし、どアンダーグラウンドな物事をポップに探究・撮影しつつ、雑誌、広告などでお仕事中。築地市場の濃い面々を取材した写真集『築地魚河岸ブルース』刊行→https://goo.gl/oH3q7N
ライフワークは餅つき。搗くのが好きすぎて出張餅つきユニット『もちはもちや』はじめました。お祝い事や賑やかしに是非どうぞ! https://bit.ly/352g2oF

今井夕華

Yuka IMAI
フリーランスの編集者/バックヤードウォッチャー。1993年群馬県生まれ。多摩美術大学卒業。小学校の頃から社会科見学が好きで、大学の卒業制作では多数の染織工場を取材。求人サイト「日本仕事百貨」を経て2020年フリーランスに。人間味あふれるバックヤードと、何かが大好きでたまらない人が大好きです。

https://imaiyuka.net/