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2022.02.25

06 「時間」を味わう、老舗絵の具工場【月光荘画材店】

今井夕華

編集者にして無類の“バックヤードウォッチャー”である今井夕華が、さまざまな施設、企業、お店の“裏側”に潜入して、その現場ならではの道具やレイアウト、独自のルールといったバックヤードの知恵をマニアックに紹介する連載企画。

表舞台編

こんにちは。編集者でバックヤードウォッチャーの今井夕華です。今回お世話になったのは、日本初の純国産絵の具を生み出した、東京・銀座の「月光荘画材店」。社名の名付け親でもある与謝野鉄幹、晶子夫妻をはじめ、数々の文化人たちに愛されてきた老舗画材店です。絵の具や筆をはじめ、パレット、スケッチブック、バックなど、全てオリジナルでつくっているのが特徴。ホルンがトレードマークになっています。

今回は、主に油絵の具とアクリル絵の具を製造している埼玉工場「月光荘ファルベ」にお邪魔しました!

表舞台編

古いものをきちんと残しながらリノベーション

取材当日。担当編集の五十嵐さん、カメラマンの沼田さんと、埼玉県のみずほ台駅で待ち合わせ、タクシーで工場へ向かいます。沼田さんは、築地で働く渋いおじさんたちや、ホストクラブ、工場など「現場感」のある写真が得意な人で、今回からご一緒することに! こうしてバックヤード仲間が増えていく感じ、かなり嬉しいです。


印刷関係の工場が多く立ち並ぶエリアの中に「月光荘ファルベ」はありました。まさかここが絵の具工場だとは思わないような、おしゃれな外観です。カフェバーやギャラリー、アトリエ機能も付いたこの場所は、2021年にリノベーションしたばかり。


「きれいになりすぎないように」という思いのもと、古いものをきちんと残しながら、1階のカフェバー部分やトイレなどは新しいものにつくり変えました。展示やライブ、演劇など、これからどんどん発展させていきたいそう。

写真に写っている絵の具職人の鈴木さんと、代表の日比さん(銀座のお店からリモート通話)に案内してもらいます。


じっくり練ると、良い絵の具になる

まず観察するのは、絵の具を作るための「練り場(ねりば)」。今日は油絵の具の「イエローオーカー」をつくっています。3本ロールミルと呼ばれる機械で、色の素である顔料粉と油をひたすら練って、練って、練って、やっと絵の具ができる仕組みです。季節や顔料の種類にもよりますが、8時間ほどかかることもザラなんだとか! 1日がかりで1色をつくり上げているんですね。もっちりした感じで、ちょっと美味しそう。


最初は顔料の粒子がザラザラしていますが、何度も何度も機械にかけることで滑らかになっていきます。「いきなり表情が変わったりするので、ずーっと見ています」と鈴木さん。「表情」っていうんですね。きっと絵の具の粒の大きさから、音から、硬さ、色味、いろんな情報を感じ取っているんだろうな。じっくり練ることで、良い油絵の具になるといいます。


それにしても、1日8時間、絵の具を見続けるって、すごい仕事ですよね。ちょっと辛そうな気もするけど、羨ましいかも。セカセカしている現代社会で、「じっくり絵の具を練ること」に1日を費やしている人がいるってことだけで、世界をちょっと平和にしている気がします。

仕事道具に見る、時間の積み重ね

ロールを通って手前にやってきた絵の具は、ホーローの特大ボウルにイン。元は真っ白いボウルだったと思いますが、長年使っていく中で徐々に削られ、底の方がグレーになってきています。工場のアイテムって、時間の積み重ねが見えるのが最高なんですよね。


油を注ぐ容器だって、このかっこよさですよ! 何年間使い続けているのでしょうか、外側に飛び散った油が蓄積されて、素晴らしいテクスチャーを生み出しています。


こちらはまさかの、DIYでつくった流し台です。レンガで出来ていて、かなりの浅型。水が染み出してくるたびに防水スプレーを吹き付けているそう。防水スプレーで良いのか(笑)。


粉場という最高空間

続いて案内してもらったのは、絵の具の材料が置いてある粉場(こなば)。ここはもう、反則級のかっこよさですね! 下の方に飛び散っている粉もかっこいいし、窓に付いた油も最高。ドサっと置かれた大袋も「THE業務用」って感じで良すぎます。味、ありすぎ! たとえば映画のセットで同じものをつくろうと思っても、なかなかこの「本物感」は出せないだろうな。


鈴木さんは右のデジタル測りを使っていますが、鈴木さんの師匠さんはずっと左の天秤測りを使っているそう。ここで材料をそれぞれ測ってから、先ほどの練り場に運びます。


顔料を容器から掬い上げるスコップは、色別に分けて使用。青いスコップの下には穴が空いていますが、戻す際にこの壁でドンと粉をはたいているためなのだとか。ここにも時間の積み重ねが見えます。ちなみに、スコップ同士の距離が近くて色混じっちゃわないのかなあ?と思ったのですが、絵の具は大量につくるため、ここで色が少し混ざったくらいで特に影響はないのだそう。なんだー。


秘伝のレシピは暗号で

こちらは月光荘に代々伝わる絵の具のレシピ。全部手書きです! 長年の使用で自然と油が染み込んで、いい感じの耐水紙風になってます。絵の具1色ごとに「チタン 12000」「白えん華 1880」と材料名、分量が細かく書かれているのですが、中には「S 400」「R 880」といったアルファベット一文字だけのものが。今でこそ工場を公開していますが、開発当時はレシピが盗まれると大変だということで、たとえば「ステアリン酸」なら「S」といったように暗号で記録していたそう。クー、痺れるー!


スチールラックは安心の耐荷重

顔料や化学物質類は、スチールラックにまとめて収納。昭和型板ガラスから射す光がめちゃめちゃ良いですね。業務用のスチールラックは耐荷重が100kg以上あることが多いので、重たい材料の保管も安心です。特に統一した密閉容器に移し替えたりはせず、基本的には仕入れた状態のまま使用して保管している様子。


ちょっと、みなさん! 今度はこちらの床をご覧ください。「けもの道」が出来ちゃってます。新聞紙と顔料がミルフィーユ状に折り重なって、そこを何度も何度も人が通って。新聞紙がすり減って床が見えてきたら、きっとまた新聞紙を重ねて。どれだけの歳月、何回の往来がこのけもの道をつくり出したのでしょうか。はー、良いもん見た……。


チューブ詰めも、ラベル貼りも全て手作業

続いて2階の作業場にも案内してもらいました。これまた自然光がめちゃめちゃ綺麗ですね! ここでは練り上がった絵の具をチューブに詰める作業と、ラベルを貼る作業をしています。恐るべし月光荘、なんと全て手作業です。


この充填機で、チューブに「むにゅっ」と絵の具を入れて


お尻部分を、この小型折り曲げ機(尾曲機というらしい)でペタンペタンと折って封をして


この箱に入ったラベルを貼って完成というわけ。ふう。写真の贅沢使いをしてしまいました(笑)。


これはそばにあったテープカッター。刃がついている部分が完全にパカっと折れているのですが、毎回押さえながら切っているそう。これは工場でよくある「なんとなくずっと使っていて、ちょっと壊れてるけどまだ使えるからそのままにしている」現象だ! ガムテープで補強してるところも愛おしいんだよな。


一つひとつの手仕事が積み重なった鍾乳洞

今回お邪魔してみて、月光荘のバックヤードは、長い歴史の中でじっくり育った鍾乳洞みたいな場所だと思いました。おしゃれなリノベーションもするけれど、これまで工場に流れてきた時間も大切にする。古い道具も、古い建物も、愛着をもって丁寧に大切に扱う。老舗の歴史に裏付けされた月光荘の魂のようなものを、ひしひしと感じられた気がします。

鈴木さん、日比さん、月光荘のみなさん、お邪魔しました!

 


鈴木竜矢
Tatsuya SUZUKI

東京都板橋区生まれ。桑沢デザイン研究所卒業後、フリーランスイラストレーター等の職を経て月光荘画材店に入社。社内業務を経験したのち、埼玉絵の具工場の絵具職人に転身し現在に至る。絵の具製造だけでなく、工場見学の案内や併設されているカフェバー月光荘ファルべの世話係など、工場内の管理を一手に引き受ける。愛称は「モジャ」。

 


日比康造
Kozo HIBI

1975年東京生まれ。月光荘代表。月光荘は日本初の純国産絵の具の開発に成功し、自社工場での絵の具や筆の製造などオリジナル製品のみを取り扱う。トレードマークはホルン。「色感と音感は人生の宝物」という理念のもと、100年以上にわたりアートを通じてより美しい暮らし方についての提案を続ける。バイオリニスト、シンガーソングライターなど音楽家や作詞家として、他アーティストとのコラボレーションも多数。雑誌の連載やコラムを担当するなど、多方面で活動中。

 


沼田学(撮影)
Manabu NUMATA

北海道出身。プロの野次馬・どこでも出没カメラマン。生来の巻き込まれ体質を活かし、どアンダーグラウンドな物事をポップに探究・撮影しつつ、雑誌、広告などでお仕事中。築地市場の濃い面々を取材した写真集『築地魚河岸ブルース』刊行→https://goo.gl/oH3q7N
ライフワークは餅つき。搗くのが好きすぎて出張餅つきユニット『もちはもちや』はじめました。お祝い事や賑やかしに是非どうぞ! https://bit.ly/352g2oF

今井夕華

Yuka IMAI
フリーランスの編集者/バックヤードウォッチャー。1993年群馬県生まれ。多摩美術大学卒業。小学校の頃から社会科見学が好きで、大学の卒業制作では多数の染織工場を取材。求人サイト「日本仕事百貨」を経て2020年フリーランスに。人間味あふれるバックヤードと、何かが大好きでたまらない人が大好きです。

https://imaiyuka.net/