今井夕華のバックヤード探訪

10 張り紙パラダイス【日本交通】

今井夕華

編集者にして無類の“バックヤードウォッチャー”である今井夕華が、さまざまな施設、企業、お店の“裏側”に潜入して、その現場ならではの道具やレイアウト、独自のルールといったバックヤードの知恵をマニアックに紹介する連載企画。

表舞台編

こんにちは。編集者でバックヤードウォッチャーの今井夕華です。今回お邪魔したのは、なんと創業94年! 桜のマークが目印の、東京最大手のタクシー・ハイヤー会社、日本交通。仕事でタクシーを利用する機会も多く、大変お世話になっています。


一般的なタクシー業務のクオリティがめちゃめちゃ高いのはもちろん、それ以外にも陣痛時に最優先で来てくれる「陣痛タクシー」や、塾や習い事の送迎時に子ども1人だけで乗れる「キッズタクシー」など、ホスピタリティあふれるサービスが魅力的な会社です。

今回は、日本交通で広報を担当している土屋真吾さん(写真中央)と、乗務員の木村真優さん(写真左)にご案内いただきました。写真右は筆者です。


木村さんは、新卒してからまだ半年も経っていない、ほやほやの新人乗務員さんだそう! 広報担当をしている土屋さんも、以前は乗務員をやっていました。

舞台裏編


駐車場はアウトレイジ状態

取材当日、板橋営業所にお邪魔します。駅から少し歩いていくと、線路沿いに凄まじい数のタクシーが! えー、タクシーめっちゃあるじゃん。しかも全て、ユニバーサルデザインタクシーの「JPN TAXI(ジャパンタクシー)」です。この車種、広々していて乗りやすいんですよね。


よく見ていくと、ぎっちり駐車されていて、もはやこれ、アウトレイジみたいじゃないですか。ズラーっとお控えなすっていて、カッコ良すぎ! 車体もピカピカ黒光りしていてすごい迫力です。この距離で、よくぶつからないで停められるなあ。私は免許を持っていないけど、持っていたとしてもこの距離で停めるのは絶対に無理だと分かりますね。停められたとしても、一気に3台こすっちゃうと思うな。

営業所は貼り紙パラダイス

まずは営業所の中から観察していきます。写真は「点呼場(てんこば)」にて、手前にいる乗務員さんたちが、奥にいるスタッフさんから「乗務員証」を受け取っているところ。乗務員さんが出勤するときには、まず制服に着替えて、その日に乗る車両を点検、その後「点呼」という5分ほどの朝礼のようなものに参加して、この「乗務員証」を受け取るという仕組みです。スタッフさんが、乗務員さん1人ひとりに乗務員証を渡しながら「〜さん、体調どう?」などと、声を掛けています。廊下ですれ違うときにも皆さん挨拶をしてくださったのですが、乗務員さんたちは基本的に単独での仕事になるため、社内でのコミュニケーションを大切にしているそう。いい会社だなあ。


バックヤードの視点で注目したいのは、左にある「モニタリング満点者」の貼り紙です。「シートベルト強化月間」という、A4用紙をつなげた大きな貼り紙もさることながら、「モニタリング満点者」の方は、タイトルをラミネートした上で、トゲトゲの形に切り抜いています! 手数がすごいぞ! よく見ると、新人乗務員の木村さんも、モニタリング満点メンバーズに入っていました。

どんなふうに審査されるのか聞いてみたら、抜き打ちで、ある日突然覆面のモニターさんが乗車してくるそう。普通のお客さんと同じように精算、降車までして「有難うございました」と、ドアを閉めた……と思ったらその直後にノックされ「すいません、モニターでした」といわれるのだとか! こ、こわー! そしてその場でどこが良かった、悪かったということをフィードバックされるといいます。そんな恐怖のモニタリングを満点で通過した木村さん。いつ誰に見られても完璧な接客だったということなんですね。まだ1年目ということですが、将来有望です。


こちらには「アプリレビューダービー★」もあります。これまたラミネートをした上での切り抜きパターン。うっすらと黒い枠線が切られたり残ったりしていて、頑張ってつくったんだなあ……と涙ぐましくなります。大前提として星マークが最高だし、前後ちょっと重ねて貼っているのも最高ですね。みんなが見る場所に評価を貼り出すことで、乗務員さんたちのモチベーションを上げる狙いでしょうか。


続いて、点呼場の奥にある「班長部屋」に来ました。ここも貼り紙がいっぱいありますね! なんならバインダーが貼ってあるもん。机の上には、研修資料や都内の地図が並べられています。

班長部屋は、新人さんたちが集まるお部屋で、班長点呼をしたり、勤務した日の売り上げを報告したり、営業のアドバイスを受けたりするところ。日本交通では新人さんの教育をかなり手厚くやっていて、安全に運転できているか、効率よく売り上げを上げられているかなど、班長さんがきちんとチェックしています。


階段にも貼り紙がいっぱい! 日本交通は貼り紙パラダイスかもしれません。カラフルに印刷されて、しっかりラミネートされています。もはや、どれを見たらいいか分からないくらい沢山貼られていますが、年配の乗務員さんも多いので紙で伝えるのが一番なのだとか。よく見ると、地の色に合わせてテキストの色も変えてある! 芸が細かくて素晴らしいですね。


一度建物の外に出て、車両の整備場にやってきました。普段ありえない高さにタクシーがあって楽しいな。ここでは修理やタイヤ交換、カーナビなどを取り付けるカスタムなどを行っています。道具コーナーも渋くて最高です。


ウォッシャー液は無限ではない

木村さんが、今日乗る車両に案内してくれました。毎日同じ車両に乗るわけではなくて、基本的には毎日変わるのだとか。運転席からの笑顔、素敵ー! もともと運転が好きだった木村さん。就職活動中に日本交通の求人情報を見つけ「乗務員さんってかっこいいな」と憧れて入社したそう。東京で好きな道は「東京タワーが見える道」と、両脇に木があって光が綺麗に射し込む、皇居沿いの「内堀通り」です。


街に繰り出す前に、ボンネットを開けて、エンジンオイルやワイパーに使う「ウォッシャー液」がきちんと入っているかチェックします。車を運転する人には常識なのかもしれませんが、「そうだよなあ、あの液って補充しないといけないんだな」とか「ボンネットの中って内臓みたいだな」とか、知らないことだらけで感動している私です。


お金はこんなケースに入れています。パッと見てどこに何があるかわかりやすい上に、黒い革で高級感もあるという、大変良いアイテムです。物販するときにもってこいですね。木村さんは、毎回2万5000円分を崩して入れているそう。今や日本交通の都内タクシーのキャッシュレスの割合は6割以上らしいですが、やっぱり500円玉とか、100円玉がジャラジャラいっぱいある状態って嬉しい気持ちになるな。ちなみにタクシーなので、5円以下は使いません。


でこぼこの両替機たち

続いて案内してもらったのは、入金作業や両替など、お金にまつわる作業をするお部屋。乗務員さんが自ら、その日の売り上げを計算しています。車両のチェックや洗車、売り上げ確認まで、全部1人でやっているとはビックリしました。

こちらの機械に社員番号を入れると、プリンターから日報が出てくるという仕組みです。その日何時間何分ハンドルを握っていたか、どのくらいの速度で何キロ走行したかなど、さまざまな情報が、車両に搭載された機械から転送されてきます。全部分かっちゃうんですね。すごい!


両替機はこんな感じ。それぞれ、大きいお札を1000円にする機械、1000円を100円にする機械、100円を50円にする機械、など違う役割なのですが、なぜかメーカーも機種もバラバラ。壊れていった順に新しくしたのかなあ。でこぼこで愛らしい仲間たちです。


今回お邪魔してみて、日本交通のバックヤードは、たくさんの貼り紙が特徴的な場所だと思いました。勤務の都合上、コミュニケーションが取りづらくなる乗務員さんたちへ、会社にいる短い時間で、確実に、正確に、メールではなく紙で、伝えたい! そんな熱意を感じました。

土屋さん、木村さん、日本交通のみなさん、お邪魔しました!

 

土屋 真吾(写真左)
Shingo TSUCHIYA
2012年入社。日本交通のタクシー乗務員新卒採用の一期生として門を叩き、千住営業所で約2年間タクシー乗務員として乗務後、新卒採用担当として5年ほど学生と相対し、現在社長室兼秘書・広報担当。特に運転や車が好きだったわけではないが、しかし張り紙に代表される雑多なバックヤードは実は個人的には嫌いではない人間の一人。趣味はバンド。

木村 真優(写真右)
Mayu KIMURA
2022年4月新卒入社。運転が好きで、就活中に日本交通と出会い「タクシー乗務員ってかっこいいな」と入社を決意。出身は神戸で、アクティブなタイプで旅行が好きなので良く行きます。座右の銘は一期一会。「たくさん稼げるようになりたいです!(笑)」

 


沼田学(撮影)
Manabu NUMATA

北海道出身。プロの野次馬・どこでも出没カメラマン。生来の巻き込まれ体質を活かし、どアンダーグラウンドな物事をポップに探究・撮影しつつ、雑誌、広告などでお仕事中。築地市場の濃い面々を取材した写真集『築地魚河岸ブルース』刊行→https://goo.gl/oH3q7N
ライフワークは餅つき。搗くのが好きすぎて出張餅つきユニット『もちはもちや』はじめました。お祝い事や賑やかしに是非どうぞ! https://bit.ly/352g2oF

今井夕華

今井夕華

Yuka IMAI
フリーランスの編集者/バックヤードウォッチャー。1993年群馬県生まれ。多摩美術大学卒業。小学校の頃から社会科見学が好きで、大学の卒業制作では多数の染織工場を取材。求人サイト「日本仕事百貨」を経て2020年フリーランスに。人間味あふれるバックヤードと、何かが大好きでたまらない人が大好きです。