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読書の秋

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2022.05.31

08 再利用の達人【萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち前橋文学館】

今井夕華

編集者にして無類の“バックヤードウォッチャー”である今井夕華が、さまざまな施設、企業、お店の“裏側”に潜入して、その現場ならではの道具やレイアウト、独自のルールといったバックヤードの知恵をマニアックに紹介する連載企画。

表舞台編

こんにちは。編集者でバックヤードウォッチャーの今井夕華です。前回の「トラックアート歌麿」に引き続き、今回も私の地元、群馬からお届けいたします! お邪魔したのは前橋市にある、詩人・萩原朔太郎をはじめ、前橋ゆかりの文学者などを紹介している「前橋文学館」です。


写真提供:前橋文学館

萩原朔太郎は、口語自由詩を確立して近代詩史に大きな足跡を残した人物。「日本近代詩の父」ともいわれる存在です。第一詩集『月に吠える』のほか、「青猫」「竹」「旅上」などが有名で、教科書で読んだことがある、という方も多いのではないでしょうか。

2000年代初頭に大ブームになった『世界の中心で、愛をさけぶ』の主人公、松本朔太郎も、萩原朔太郎にちなんで名付けられました。「サクちゃん」という響き、懐かしすぎますね。


前橋出身の私にとっては、朔太郎も、前橋文学館も、かなり身近な存在でした。小学校の授業で訪れたり、詩をイメージした絵画コンクールで絵が選ばれたり。国語の授業では、詩をいくつも暗唱するという課題があって、「竹」や「旅上」は今でもスラスラと言えるほど。特に「旅上」は、綺麗な色のイメージで、すごく好きなんですよね。「フランスに行きたいのに行けない悲しい詩」だと感じる人もいるようですが、私は春の朝に、ちょっとルンルンしている雰囲気で大好きです。


写真提供:前橋文学館

絶望や孤独、憂鬱と戦っていた朔太郎は、暗い詩も多く書いています。「蛙が殺された」から始まる「蛙の死」という詩は、展示室で朗読している音声が聞けるのですが、言ってることも言い方も怖くて、授業で訪れた小学生の私たちにとってはかなり衝撃的な体験でした。今思えば、生まれてはじめてドロリとした感情に触れた瞬間だったかもしれません。展示室では、現在も同じ音声を聞けるので、行かれる方はぜひチェックしてみてください(笑)。

今回は朔太郎の孫であり、文学館館長、そして大学時代の恩師でもある萩原朔美さん(写真左)と、学芸員の松井さんにご案内いただきました。写真右は筆者です。


朔美さんは、日本サブカルチャー界の生き字引ともいえる存在で、寺山修司主宰の演劇実験室「天井棧敷」では立ち上げメンバーとして活躍。名作『毛皮のマリー』では、美少年役として丸山明宏(美輪明宏)さんと共演しました。「NeWORLD」読者にとっては、朔美さんが創刊編集長を務めたサブカルチャー雑誌『ビックリハウス』も馴染み深いと思います。

舞台裏編


展示備品は、お菓子の空き箱に

そんな朔美さんが館長を務める文学館。まずは展示用品が置いてある場所を見せてもらいました。直前までやっていたという展示替えの勢いが、そのまま伝わってくるような臨場感あるバックヤードです! 

展示用のワイヤーやフック、ビスなどは、さまざまなお菓子の箱に入れられています。ヒートンはお煎餅かクッキーが入っていたと思われる缶に。本を開いて展示しておくためのガラスの重しはいちごの箱に。「ポリカねじ」という透明なねじはチョコレートの缶に収納されています。


ハレパネは偉大

虫ピンを刺しているのは、使わなくなった展示パネル。展示ワイヤーもパネルに巻き付けて収納しています。片面にのりがついているスチレンボード、いわゆる「ハレパネ」は、美術やデザインをやっている人はもちろん、展示に関わる人には欠かせないアイテムですよね。展示パネルやキャプション、建築模型などにも使える強い味方。上手に切れないと、断面からスチレンの粒がボロボロっと出てきちゃう、というのはハレパネあるあるだと思います。


ちなみに私は、パネルにシワなく紙を貼るのも、断面をボロボロにせずに切り落とすのもけっこう得意。トンボで裁ち落とす感じも好きだし、ピシーッと綺麗に切れると嬉しいんですよね。

なんだか落ち着く収蔵庫

続いて案内してもらったのは、本や原稿、朔太郎の遺品類を保管している収蔵庫。


分類に沿って整理整頓している様子は、東京都現代美術館の美術図書室書庫にお邪魔したときと若干テイストが似ています。靴で出入りした美術図書室書庫とは違って、スリッパに履き替えましたが、どちらにも足元の汚れをとる粘着マットが設置されていました。


過去のポスター類は、丸めて箱に入れて保管しています。正面のふた部分に、油性ペンやボールペンでラベリングしてあります。


この辺りは、貸し出して戻ってきた資料や、自分たちの展示に出していた資料を置いている場所。奥の収蔵庫にしまう前に、虫除けのため燻蒸(くんじょう)処理を施すそう。床や棚が木製で、ものも多いからか、妙に落ち着くお部屋です。白い箱は中性紙でできていて、中身が傷まないようになっています。


朔太郎の手書き原稿もあります。「けっこう丸文字なんですね」と言ったら、学芸員の松井さんが「初期の作品は丸いですが、後半は崩れてきます。文字がだんだん変わっていくのって面白いですよね」と教えてくれました。朔太郎や日本文学を研究している方はもちろん、海外からも閲覧依頼があって、きちんと申請をすれば、誰でも実物の資料を見られるそう。私も「旅上」の原稿、見てみたいな。

動かせる本棚でたっぷり収蔵


こちらは奥の収蔵庫。スチールラックが大活躍しています。書籍やビデオテープのほか、朔太郎が使用していた家具や楽器なども置いてあります。

動かせる本棚は、日本ファイリングの「ハンドル式スタックランナー」。横にいるのが学芸員の松井さんです。群馬県の渋川市出身で、文学館に入ってからは3年目。もともと美術系の大学で「朔太郎が撮った写真」の研究をしていたそう!


朔太郎関連書籍や参考書籍をはじめ、収集対象者の研究論文が載っている書籍や文芸誌などもたっぷりです。収蔵資料の登録や管理はパソコン上でしています。


もったいなくて取ってあるもの

続いてやってきたのは、ミュージアムショップのバックスペースです。グッズの在庫が所狭しと並べられています。未開封なのか、印刷所から運ばれてきたクラフト紙のまま収納されているものもあれば、半端な数になったのか、文学館オリジナルの包装紙で包まれているものも。ガムテープや裏紙、箱や包装紙に直接書く形で、油性ペンでラベリングされています。


これは「春は文学館で きゅん。」という展示をやった際の立体文字。普段生活の中に明朝体の文字がこのサイズで出てくることってないから、不思議な感覚になるなあ。もったいなくて取ってあるそうで、天井から吊るされています。いつ使うんだ?なんて話は野暮で、「捨てずに取っておく」ということが大事なんですよね。


すごいぞ! 再利用コーナー

まさかの「再利用封筒のコーナー」もありました! 紙袋を取っておくのはまだ分かりますが、ここまでたくさんの封筒を取っている職場は初めて見たかも。丁寧に分けられていて、手前には長形サイズ、左には角形サイズ。中央にはレターパックも取ってあります。レターパックの紙って丈夫ですもんね。聞けば、新聞やチラシなどを回覧するときに使っているそう。あまりのまめさに、税金ちゃんと使ってくれてるんだな……と感動すら覚えます。


なんでもつくれるDIYスペース

続いてお邪魔したのは、文学館の展示備品を制作するDIYスペース。職員の高橋さんはオーダーがあればここで何でもつくります。もともと収蔵庫の予備室だった2畳ほどのコンパクトなスペースですが、資材や工具がぎっしりと詰められていて、DIY好きにはたまらない空間になっています。ここから展示やイベントに使う造作物が日々生み出されていて、秘密基地感満載です。


「館長に『羅生門を2階建てでつくれ』って言われたときは、さすがに無理だって断ったけど」と笑う高橋さん。聞けば、今までにトンネルや橋、灯台などをつくっていて、スタッフさんたちの無茶振りに、毎回全力で応えているそう。すごい人だな。写真はスタイロフォームでつくった船。でっか! これまた展示後、再利用しているアイテムです。


今回お邪魔してみて、前橋文学館のバックヤードは「再利用」が特徴的な場所だと思いました。朔美さんはじめ、皆さん「公営でお金がないから」と笑っていましたが、再利用の仕方も上手いし、再利用をエンジョイしているんですよね。居心地の良い場所にしようと、あるものを工夫して活用する。素敵な「もったいない魂」を見せてもらった気がします。

朔美さん、松井さん、前橋文学館のみなさん、お邪魔しました!

 

萩原朔美
Sakumi HAGIWARA

1946年東京生まれ。映像作家、エッセイスト。多摩美術大学名誉教授。金沢美術工芸大学客員教授。アーツ前橋アドバイザー。母は小説家萩原葉子、母方の祖父は萩原朔太郎。1967年、寺山修司主宰の演劇実験室・天井棧敷の立ち上げに参加、俳優・演出家として活躍。1975年、月刊誌「ビックリハウス」をパルコ出版より創刊し、初代編集長を務める。著書に『「演劇実験室・天井棧敷」の人々』(2000年)、『毎日が冒険』(2002年)、『死んだら何を書いてもいいわ』(2008年)、『劇的な人生こそ真実』(2010年)他多数。2016年4月より前橋文学館館長。

 

松井貴子
Takako MATSUI

1989年群馬県生まれ。萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館学芸員(2019年4月~)。沖縄県立芸術大学卒、明治大学大学院新領域創造専攻DC系修了。昨年度は「生きて在ることの静かな明るさ―29回萩原朔太郎賞受賞者岸田将幸展」を担当。

 


沼田学(撮影)
Manabu NUMATA

北海道出身。プロの野次馬・どこでも出没カメラマン。生来の巻き込まれ体質を活かし、どアンダーグラウンドな物事をポップに探究・撮影しつつ、雑誌、広告などでお仕事中。築地市場の濃い面々を取材した写真集『築地魚河岸ブルース』刊行→https://goo.gl/oH3q7N
ライフワークは餅つき。搗くのが好きすぎて出張餅つきユニット『もちはもちや』はじめました。お祝い事や賑やかしに是非どうぞ! https://bit.ly/352g2oF

今井夕華

Yuka IMAI
フリーランスの編集者/バックヤードウォッチャー。1993年群馬県生まれ。多摩美術大学卒業。小学校の頃から社会科見学が好きで、大学の卒業制作では多数の染織工場を取材。求人サイト「日本仕事百貨」を経て2020年フリーランスに。人間味あふれるバックヤードと、何かが大好きでたまらない人が大好きです。

https://imaiyuka.net/