編集者にして無類の“バックヤードウォッチャー”である今井夕華が、さまざまな施設、企業、お店の“裏側”に潜入して、その現場ならではの道具やレイアウト、独自のルールといったバックヤードの知恵をマニアックに紹介する連載企画。
表舞台編
こんにちは。編集者でバックヤードウォッチャーの今井夕華です。今回お邪魔したのは、「NOLTY(ノルティ)」や「PAGEM(ペイジェム)」といった人気手帳をつくっている、日本能率協会マネジメントセンター。日本ではじめて、手帳に「時間目盛り」を導入した「能率手帳」誕生以来、ビジネスパーソンを中心に支持され、日本の手帳業界を常にリードしてきた会社です。
私も実際に写真のようなバーチカル手帳を愛用しているのですが、時間感覚がサルバドール・ダリのグニャグニャ時計みたいにバグってる人間なので、時間が可視化されるこの目盛りには非常に助けられています。私以外にも、きっとたくさんのビジネスパーソンが救われてきたんだろうな。ありがたや、ありがたや。
今回は、どんな手帳をつくるかを考える「企画開発部」の小林朋子さん(写真左)と、生産管理や品質管理をしている「制作部」の遠藤三輪さん(写真右)にご案内いただきました。写真中央は筆者です。
舞台裏編
ピンチを救ったクリアファイル
取材当日、東京・茅場町にある手帳部門のオフィスにお邪魔し、まずは会議室で最近手がけた商品について聞いてみます。
写真は、小林さんと遠藤さんが一緒につくった、PAGEMの「ファミリーマンスリー」という手帳。表紙が留め具付きのポーチになっていて、写真や保険証、領収書などを収納できます。スケジュールはデジタルで管理する人も増えているなか、手帳のもつ「小物入れ」としての役割に目をつけた商品です。
確かに、お財布とか手帳って、気付くといろいろ入れちゃうんだよな。おみくじとか、ちっちゃいシールとか、なんかずっと入ってるもん。
よく見ると、外ポケット部分が緩やかな弧を描いていて、端部分は返しがあるような形状になっています。聞けば、何度も試作をして辿り着いた、ものを出し入れしても裂けづらい形状なのだとか!
最初はかなり裂けやすくて困っていましたが、なんと手元にあった「クリアファイル」がピンチを救ってくれたそう。クリアファイルは下の部分に、小さな切り込みがあって、そこに衝撃が逃げていくんですよね。それをこの手帳にも応用したら、1年間毎日使っても大丈夫な耐久性にすることができました。
色や素材の組み合わせも、かなりのパターンを検討。それぞれの違いはちょっとしたことなんだけど、だいぶ印象が変わるなあ。ひとつの手帳だけでこんなに試行錯誤しているとは驚きました。
私物から垣間見える人柄
続いては、デスクスペースを観察します。フリーアドレスなので、その日の気分で好きな場所を選べます。出勤したら、裏にあるロッカーから自分の仕事道具を出して、席に運ぶという流れ。ノートパソコンくらいならいいけど、書類がどっさりある人はちょっと大変そうだな。なかには大きめのモニターを毎日運んでいるという猛者もいました! 毎日片付けるから、必要なものだけ手元に用意できて、散らからなくて良いんでしょうね。通路も広々としていて清潔感があります。
こちらは小林さんのデスクです。大きなテーブルを複数人で囲んでいるから、団欒感があっていい感じ。コミュニケーションが取りやすそうです。手元にはミッフィー柄のポーチがあってかわいい。ボールペンも修正テープもかわいい感じのもので、ものは少ないながらに人柄が垣間見えています。ノートパソコンにはマウスだけ別で接続していますね。スクロールやクリックすることが多い仕事なんでしょうか。
黒い壁には今年のカレンダーがたくさん並んでいます。どれも1月のままだなと思っていたら、新しく開発した紙の反りを確認するテスト中なのだそう!
お客さまからの声も大切にしていて、カレンダーの紙質を変えた際に届いた「去年まで油性ペンで書いていて滲まなかったのに、今年のカレンダーは滲んで困っている」という意見を受け、次の年は油性ペンでも滲まない紙を開発しました。もちろん1人の意見が通ったということではないと思うけど、言ってみるもんですね。
遠藤さんが指差している白いアイテムはいわゆる「束見本」なのですが、これは1回目に試作した紙で湿気などの影響で自然に反りが出てしまうため不採用に。3回目でようやく壁にかけ続けていても真っ直ぐな状態の紙ができあがり製品化することができました。
近年は紙の値上がりや廃盤を受けて、定番商品を同じ状態でつくり続けることが難しくなってしまうということも。資材調達に苦心しながら、品質アップに努めているのです。普通にここのオフィスの壁で実験してるっていうのも面白いですよね。
文具収納はその場にあるもので
こちらはカレンダー実験スペースのすぐ横にある事務用品コーナーです。このコーナー、楽しい! 事業管理部の方が整理してくれたそうで、白いファイルケースにはガムテープや文具、ゴミ袋が。下左には紙類置き場、下右にはゴミ箱が設置されています。どれもテプラを用いてわかりやすく整理されていて、ゴミ箱には分別のイラストもついています。
おそらくお煎餅が入っていたであろう銀色の缶のなかには、紙コップとカゴを使って輪ゴムやクリップ類が収納されています。紙コップは給湯スペースで提供されているもの。そこにあるものを活用して整理する、それがバックヤードの面白さなんだよな。ちょっと整理したいけど、新しく収納グッズを買い揃えるほどではないな。お金もかかるし、その場にあるものでやっちゃおう!っていうやつ。結局ずっと使っちゃうし、なんかもう、本当に愛おしい営みですよね。
お部屋の一角には、模擬店頭コーナーもあります。ここでは、店頭に並んだときに商品がどんなふうに見えるのか、どんなふうにディスプレイをしたら良いのかなどを確認することができます。手帳は、月間のもの、週間のもの、1日1ページ、月曜始まり、日曜始まり、レフト、バーチカルなどなど、ちょっとした違いが何パターンもある商品なので、オリジナル什器をつくって、狭い売り場でもたっぷり並べられるように工夫しているのだとか。
少人数で膨大な数の商品を担当
続いてはお部屋の奥にある倉庫スペースにやってきました。引き出しを開けると、以前つくられた手帳たちがぎっしり! 細かな違いをきちんと見分けるために、全てに品番の書いてあるインデックスシールが貼られています。
手帳は家計簿なども合わせた1月始まりの商品だけでなんと350種類くらい、カレンダーは60種類くらい。しかもそれを4〜5人の担当者でつくっていて、多いと1人90〜100件担当しているとか! 毎年同じ仕様の商品はそこまで手がかからないとはいえ、マイナーチェンジをする商品もあるわけですし、さらに新しい商品をつくるとなれば、まあ大変な仕事ですよね。凄すぎるな。
倉庫スペースの奥に進むとこんな感じ。部署ごとに棚が割り当てられていて、紙製のファイルケースを中心に資料類が置かれています。マーケティング部の棚には、カレンダー用の特大ビニール袋や、店頭販売用の布バナー、ノベルティのシールなど、販売促進グッズが。企画部の棚には、紙サンプルや、布サンプル、ビニール素材のサンプルなどが盛りだくさん。
「帯ジャングルテスト」と書かれたファイルも見つけました。高温多湿の環境で、手帳にかける帯の品質管理をしたもので、インクの色移りや紙の貼り付きを実験するテストだそう。ネーミング最高ですね!
こちらは手帳の表紙の縁を縫う、糸の見本帳。カラフルな糸の中からその手帳にピッタリ合った品番を選びます。基本的にはビニール素材を圧着してつくっている表紙が多いのですが、縁にステッチをするだけで、一気に上質な雰囲気が出るのだとか。
今回お邪魔してみて、日本能率協会マネジメントセンターのバックヤードは、細部へのこだわりを大切にする場所だと思いました。手帳の中身はもちろん、表紙の素材、色や質感を、1年間気持ちよく使ってもらえるように丁寧に吟味する。神は細部に宿るといいますが、そんな細部へのこだわりが、日本のハイクオリティな手帳業界を支えているんだろうな。
小林さん、遠藤さん、日本能率協会マネジメントセンターのみなさん、お邪魔しました!
小林 朋子(写真左)
Tomoko KOBAYASHI
2007年にJMAMに新卒で入社、現在は手帳やノートの開発をしています。「書くことがもっと楽しくなる商品」を目指して日々奮闘しています。週末は登山で自然に触れてリフレッシュしています。
遠藤 三輪(写真右)
Miwa ENDO
JMAMに入社して早20年。制作部一筋です。愛用手帳は「NOLTYリスティ1」私の秘書です。家に置いてきてしまったら仕事になりません。これからもよい商品を作っていきたいです。
沼田学(撮影)
Manabu NUMATA
北海道出身。プロの野次馬・どこでも出没カメラマン。生来の巻き込まれ体質を活かし、どアンダーグラウンドな物事をポップに探究・撮影しつつ、雑誌、広告などでお仕事中。築地市場の濃い面々を取材した写真集『築地魚河岸ブルース』刊行→https://goo.gl/oH3q7N
ライフワークは餅つき。搗くのが好きすぎて出張餅つきユニット『もちはもちや』はじめました。お祝い事や賑やかしに是非どうぞ! https://bit.ly/352g2oF