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2022.09.29

まちがいなく生きものがいた|いしいしんじ(小説家)

文:いしいしんじ  朗読:茂木淳一

僕をつくったあの店は、もうない。

都築響一編『Neverland Diner 二度と行けないあの店で』(2021年1月刊)は、100名の書き手が、それぞれのスタイルで“二度と行けない店”について綴った珠玉のエッセイ集です。

そんなネバダイの世界をよりディープに味わっていただくべく、「ネバダイ・オーディオブック」として、本書に収録された100話のなかから作品をセレクトして、朗読版の音声トラックを週イチで無料公開していきます。

朗読者は、女優の冨手麻妙さん、タレント・ナレーターの茂木淳一さん、朗読少女・アズマモカさん。それぞれのスタイルでネバダイ珠玉の一篇を朗読していただきます。

まちがいなく生きものがいた|いしいしんじ(小説家) ※冒頭文抜粋

 二十代から三十代にかけて、浅草から、隅田川にかかる赤い橋をわたった東側の、本所吾妻橋に住んでいた。年号は平成に変わっていたが、いまだ昭和、東京の匂いが、色濃く残っているように思った。
 当時まだ珍しかった、高層公団マンションの十七階。日が暮れて帰り着くと、ドアの前にホームレスのおっさんが座って待っていたり、あるいは、勝手に部屋にはいりこんだイラン人四人が、ペルシア語のビデオを見たりしていた。鍵をかけると絶対外でなくすのでかけたことがなかったのだ。
 食事はほぼ百パーセント外食だった。武闘派のオヤジがやっている鰻屋、夏は冷やし中華しか出さない中華屋、鉄板で唾を焼きつつ喋りまくる店主のもんじゃ屋。吾妻橋界隈はいろんな意味で濃厚な料理屋が多かった。
 いちばん印象に残っている外食は、といえば、隅田公園の炊き出しだ。真夜中過ぎまでホームレスのおっさんとベンチで飲んでいた僕はそのまま寝てしまった。陽ざしを感じて目をあけると、まわりのみんな、ブルーシートの小屋からぞろぞろ這いだし、桜橋方面をめざして歩いていく。流れに押されるように自然に足がそっちへ向いた。

NeWORLD · まちがいなく生きものがいた=いしいしんじ(小説家) 朗読=茂木淳一
書籍情報

Neverland Diner 二度と行けないあの店で
都築響一 編


↑書影をクリックして詳細へ

体裁:四六判変形/並製/カバー装
頁数:640頁(カラー写真頁含)
定価:3,300円+税
刊行:2021年1月22日
ISBN 978-4-910315-02-7 C0095

茂木淳一

MOGY Junwich
1972年群馬県生まれ。1993年よりライブソリューション「千葉レーダ」として歌と司会と雰囲気を展開。JRAシネマ競馬「ジャパンワールドカップ」シリーズや、今年20周年を迎えたコンテンツ「スキージャンプ・ペア」シリーズでは台詞コーディネイトを含む「実況調ナレーション」を担当。現在、スマートフォン向けゲームアプリ「ウマ娘 プリティーダービー」の実況をはじめ、ナレーション、イベント・番組MC、そして役者など、その活動は多岐にわたる。

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