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2022.11.10

山口お好み屋|見汐麻衣(歌手/ミュージシャン)

文:見汐麻衣  朗読:アズマモカ

僕をつくったあの店は、もうない。

都築響一編『Neverland Diner 二度と行けないあの店で』(2021年1月刊)は、100名の書き手が、それぞれのスタイルで“二度と行けない店”について綴った珠玉のエッセイ集です。

そんなネバダイの世界をよりディープに味わっていただくべく、「ネバダイ・オーディオブック」として、本書に収録された100話のなかから作品をセレクトして、朗読版の音声トラックを週イチで無料公開していきます。

朗読者は、女優の冨手麻妙さん、タレント・ナレーターの茂木淳一さん、朗読少女・アズマモカさん。それぞれのスタイルでネバダイ珠玉の一篇を朗読していただきます。

山口お好み屋|見汐麻衣(歌手/ミュージシャン) ※冒頭文抜粋

 母は四十二歳、私は十一歳だった。
 母はいつも唐突に私を連れまわすことが多かった。昼は競艇場の舟券売り、夜はスナックを経営し毎晩店に立っていた。四六時中働いていた母との思い出は多くないが、鮮明に憶えているのは母と母の友人達に連れられて贅の限りを尽くした料理を食べさせてもらっていた記憶。
 夜中に突然起こされ「焼肉食べに行くよ」なんてこともあったし、早朝、急に思い立ったのか「今日は鰻食べに行くけんね」と言われたかと思えば、道中気分が変わったのか「いや、やっぱり蕎麦寿司の美味しい店があるけん、寿司屋に行くよ」と、こちらの予定など関係なく、毎度訳もわからず車に乗せられ、気づくと知らない場所、知らない店にいた。
 眠くてうつらうつらしている時などは母が最初のひとくちを私の口に押し込んでくる。咀嚼をするうちにどんどん目が冴えていく。美味しくて目が覚めるのだ。「どうね?うまかろうが」あんなに眠たかったのに、次の瞬間からバクバクと自分で食べだす。そしてお腹いっぱいになるとまた眠気に襲われ気づくと家に着いている。贅沢で、無茶苦茶な時間だった。店や料理の名前も一切憶えていないけれど、この時期私の舌は無駄に肥えていた。

「お好み焼き食べに行くよ」
 この日も唐突だった。

NeWORLD_2 · 山口お好み屋|見汐麻衣(歌手/ミュージシャン) 朗読=アズマモカ
書籍情報

Neverland Diner 二度と行けないあの店で
都築響一 編


↑書影をクリックして詳細へ

体裁:四六判変形/並製/カバー装
頁数:640頁(カラー写真頁含)
定価:3,300円+税
刊行:2021年1月22日
ISBN 978-4-910315-02-7 C0095

アズマモカ

azumamoca
YouTubeに朗読動画を投稿する10代の朗読少女。
好きな作家は最果タヒ。某2次元アイドルに夢中。
小説、短歌、絵本などの文学から、漫才、円周率、Amazonレビューなど幅広いジャンルを読み漁っている。

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