僕をつくったあの店は、もうない。
都築響一編『Neverland Diner 二度と行けないあの店で』(2021年1月刊)は、100名の書き手が、それぞれのスタイルで“二度と行けない店”について綴った珠玉のエッセイ集です。
そんなネバダイの世界をよりディープに味わっていただくべく、「ネバダイ・オーディオブック」として、本書に収録された100話のなかから作品をセレクトして、朗読版の音声トラックを週イチで無料公開していきます。
朗読者は、女優の冨手麻妙さん、タレント・ナレーターの茂木淳一さん、朗読少女・アズマモカさん。それぞれのスタイルでネバダイ珠玉の一篇を朗読していただきます。
孤独うどん|日下慶太(写真家/コピーライター) ※冒頭文抜粋
住宅街の急な坂道の真ん中にその店はあった。自転車からみんな下りて歩くほどの急な坂道だった。立地が悪いからだろう、店はすぐに変わった。小学校低学年のときは駄菓子屋だった。高学年になると文房具屋になった。中学校になるとクリーニング屋になった。高1のとき、うどん屋になった。「たか乃」という屋号だった。30半ばぐらいのおっさんがやっていた。恰幅が良く、いつも裸の大将のような白いランニングシャツを着ていた。ヤノマミ族のような髪型をしていた。カウンターだけの10席ほどの小さな店だ。従業員は1人もいない。出前の注文が入ると、客がいるのに出前に行った。おっさんが店を出るのにあわせて先に勘定を払わなくてはいけなかった。おっさんはヘルメットのような髪型の上にヘルメットをかぶってカブで出前に行った。店にはおっさんの飼っている猫と大きくなりすぎた金魚しかいなかった。水槽のエアポンプの音が静かな店内にじじーと響いた。
たか乃で釜揚げうどんを初めて知った。木桶の中の茹で汁に漂ううどん。讃岐うどんとは違ってやわらかく細めである。つけ汁に卵の黄身とネギと生姜を放り込む。麺に黄身とやさしいだしが絡む。生姜がキリっと味を締める。ペロリとすぐに平らげた。しかも550円と安かった。
書籍情報
Neverland Diner 二度と行けないあの店で
都築響一 編
体裁:四六判変形/並製/カバー装
頁数:640頁(カラー写真頁含)
定価:3,300円+税
刊行:2021年1月22日
ISBN 978-4-910315-02-7 C0095