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2022.10.06

戦争オカマについて|茅野裕城子(作家)

文:茅野裕城子  朗読:アズマモカ

僕をつくったあの店は、もうない。

都築響一編『Neverland Diner 二度と行けないあの店で』(2021年1月刊)は、100名の書き手が、それぞれのスタイルで“二度と行けない店”について綴った珠玉のエッセイ集です。

そんなネバダイの世界をよりディープに味わっていただくべく、「ネバダイ・オーディオブック」として、本書に収録された100話のなかから作品をセレクトして、朗読版の音声トラックを週イチで無料公開していきます。

朗読者は、女優の冨手麻妙さん、タレント・ナレーターの茂木淳一さん、朗読少女・アズマモカさん。それぞれのスタイルでネバダイ珠玉の一篇を朗読していただきます。

戦争オカマについて|茅野裕城子(作家) ※冒頭文抜粋

 海外から来ている友達から、どうしても行ってみたいというリクエストでもない限り、わたしは普段、新宿二丁目のゲイバーに飲みに行ったりすることはほとんどない。80年代、中上健次さんが元気だった頃は、二丁目の角にあった西武門という沖縄料理屋に時々呼び出されて、1時間2時間と大幅に遅れてやってくる中上さんを待ちながら、わたし以外誰も客のいない店内で、「日輪の翼」にでも出てきそうな従業員のおばあさんたちが、低い声で、問わず語りに身の上話などしているのを聞きながら、つき出しの豆腐の上に小魚が5つ並んでいるものを、これは一体どういう食べ物なんだろうか、とずっと眺めていたりした。が、二丁目の端っこにあったとはいえ、西武門はゲイバーではなかった。わたしが、今、二度と行けない店として思い出そうとしているのは、とある古臭いゲイバーなのだった。
 10年くらい、いや、もっと前かな。近くでご飯を食べた後、友達が連れて行ってくれたその店は、これといった特徴のない、なんとなくドヨーンとした雰囲気のゲイバーだった。明らかに場違いでつまらなそうに飲んでいるわたしに、マスターは、突然
「ねえ、ところであんた、戦争オカマって知ってる?」
 と水を向けてきた。
「いやあ、戦争花嫁だったら、アンカレッジとかデンバーとかの空港でそういう感じの女性を見かけたことはあるし、最近では、戦争花嫁だった自分の祖母に関するドキュメンタリーを作った女性監督の作品とかをみた気がするけど、戦争オカマはちょっと……」
「そうよね、認知度低いわよね、やっぱり……」
 そう言いながら、マスターは話しはじめた。

NeWORLD · 戦争オカマについて|茅野裕城子(作家) 朗読=アズマモカ
書籍情報

Neverland Diner 二度と行けないあの店で
都築響一 編


↑書影をクリックして詳細へ

体裁:四六判変形/並製/カバー装
頁数:640頁(カラー写真頁含)
定価:3,300円+税
刊行:2021年1月22日
ISBN 978-4-910315-02-7 C0095

アズマモカ

azumamoca
YouTubeに朗読動画を投稿する10代の朗読少女。
好きな作家は最果タヒ。某2次元アイドルに夢中。
小説、短歌、絵本などの文学から、漫才、円周率、Amazonレビューなど幅広いジャンルを読み漁っている。

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