僕をつくったあの店は、もうない。
都築響一編『Neverland Diner 二度と行けないあの店で』(2021年1月刊)は、100名の書き手が、それぞれのスタイルで“二度と行けない店”について綴った珠玉のエッセイ集です。
そんなネバダイの世界をよりディープに味わっていただくべく、「ネバダイ・オーディオブック」として、本書に収録された100話のなかから作品をセレクトして、朗読版の音声トラックを週イチで無料公開していきます。
朗読者は、女優の冨手麻妙さん、タレント・ナレーターの茂木淳一さん、朗読少女・アズマモカさん。それぞれのスタイルでネバダイ珠玉の一篇を朗読していただきます。
酔うと現れる店|林雄司(デイリーポータルZ編集長) ※冒頭文抜粋
銀座に酔ったときにだけたどり着ける焼鳥屋がある。
たいてい2軒ぐらいはしごして、午前2時すぎに次の店を探していると現れるのだ。
いちど昼に酔ってない状態で探してみたが見つけられなかった。
だけど、酔っているときは暗い路地に輝くその店が簡単に見つかる。
晴海通りよりも西、中央通りよりも北のブロックのどこかだと思っているのだけど、確かではない。
店の入口は1階にある。狭くて奥に長い店で、入ると左側に通路、右側にテーブルが通路沿いに2つか3つ並んでいる。奥には厨房とレジがある。
その店の名物はフォアグラ。焼鳥のように串にささっている。こってりした味とふわふわの食感。1本でじゅうぶんな濃厚さである。ほかの焼鳥も特に変わったところはないのだが、オーソドックスにきちんと美味しかった。塩でお召し上がりくださいとか、バジルが上にのっかったりはしてない。ぷりぷりと弾力があって、鶏肉の味がする。
焼鳥屋にしては明るくて清潔な店内で、店員さんも料亭のような割烹着を着ている。
光に満ちたその焼鳥屋で怖い人に睨まれたことを覚えている。実際に睨まれたのではなく、後から言われたのだ。
僕が酔ってはしゃいでいたら奥にコワモテの人がいて僕のことをずっと睨んでいたらしい。奥のテーブルの人、林さんのこと怖い顔して見てましたよ、と後から言われて震え上がった。そういうことは先に言ってほしい。
確かそのとき、僕は誰かが僕に気があるみたいなことを言われて浮かれてはしゃいでいたのだ。それで怖い人に睨まれながら(気づかずに)フォアグラを食べた。明るい店で。
書籍情報
Neverland Diner 二度と行けないあの店で
都築響一 編
体裁:四六判変形/並製/カバー装
頁数:640頁(カラー写真頁含)
定価:3,300円+税
刊行:2021年1月22日
ISBN 978-4-910315-02-7 C0095