僕をつくったあの店は、もうない。
都築響一編『Neverland Diner 二度と行けないあの店で』(2021年1月刊)は、100名の書き手が、それぞれのスタイルで“二度と行けない店”について綴った珠玉のエッセイ集です。
そんなネバダイの世界をよりディープに味わっていただくべく、「ネバダイ・オーディオブック」として、本書に収録された100話のなかから作品をセレクトして、朗読版の音声トラックを週イチで無料公開していきます。
朗読者は、女優の冨手麻妙さん、タレント・ナレーターの茂木淳一さん、朗読少女・アズマモカさん。それぞれのスタイルでネバダイ珠玉の一篇を朗読していただきます。
欲望の洞窟|Mistress Whip and Cane(女王様) ※冒頭文抜粋
10年以上前、よく新宿で飲んでいた。
いつも数名で集まって飲んでいたが、その中のひとりに、何をやりたいのか分からないというようなことを話していた時だったと思う。
突然、「女王様やればいいじゃん」と言われた。
当時私は何をやっても長続きせず、大概無職で、どこに属しても居心地の悪さを感じていた。
ああ、そういうことか。
その一言で、それまでの靄が一気に晴れた。
そいつとSMについて話したことは一度もなかったし、Sだと言われたこともなかった。
そう見られていると考えることもなかった。
ただ今から思えば、やつはMだった。
内面のどこかにフェミニンな部分を持つこいつが、飲み仲間の中で一番話しやすかったのは、Mだったからだ。
SはMを感じるし、MはSを感じる。
SとかMっていうのは先天的なものなのか後天的なものなのか、よく談義されることだけど、私は先天的なものだと思っている。
その人が持って生まれた生涯離れることのできないもの。
隠そうと思って隠せるものじゃないし、変えようと思って変えられるものでもない。
答えが分かった後の行動は早かった。
自宅にあった今はなきSMスナイパーのページをめくり、所属するSMクラブを探した。
数あるSMクラブの中から選んだのは、中野にあるクラブだった。
どの店も在籍する女王様やM女さんの写真を掲載しているのに、その店だけは紙面一杯に商売っ気ゼロのマニアックなイラスト。
印象に残った。
そして店名と一緒に並んだ“QUEEN OF QUEENS”という文字、容姿端麗な方という簡潔な募集要項、女王様専科の店ということが気に入り、面接希望の電話を入れた。
面接は、そのクラブをプロデュースする有名女王様と行われた。
その時何を聞かれたか、今はもう忘れてしまったけれど、最後に「あなたにとってSMとは?」と聞かれ、「愛です」と答えたのを覚えている。
書籍情報
Neverland Diner 二度と行けないあの店で
都築響一 編
体裁:四六判変形/並製/カバー装
頁数:640頁(カラー写真頁含)
定価:3,300円+税
刊行:2021年1月22日
ISBN 978-4-910315-02-7 C0095