採U記

第9回  虎穴にいらずんばUFOを得ず

日下慶太

UFOを撮るためには、出費もやむなし。カメラを買うことにした。天狗高原で撮影した写真は、ノイズが多かった。撮影したカメラはキヤノンの少し古いデジタル一眼で、日中の撮影は問題ないが夜景だととノイズが多くなってしまう。

FUJIFILMのGFXの解像度がとても高いからいいだろうとおすすめされて、ショールームに行ってみた。「何を撮るのですか?」と店員が尋ねてきた。本当のことを言うと接客態度が、豹変するかもしれない。「星空を撮りたくて」と答えておいた。実際に触ってみると、ずっしりとよい重量感があってよい。デザインもよく、デジタルといえど古き良きカメラのメカ感がある。1億200万画素で写真が撮れる。かつての中判カメラのようなものか。これなら小さく映ったものを拡大しても画質が保てる。しかし、値段は70万円ほどと高い。フジのレンズも持っていない。一度、冷静になろうと店を出た。

広告カメラマンの森山さんに機材のことを聞いてみた。星空を撮るには「明るさ」が何より大切だと言われる。GFX対応のレンズは暗いと。だいたいF4からで確かに暗い。方針を転換して大阪のキヤノンストアに行った。店頭にはもうミラーレスしか並んでいない。フィルムからデジタルになれど、一眼レフを使って二十数年、ついにミラーレスに移行する時がきたのか。総合的に考え、EOS R5にしようとほぼ決意したが、これまた40万円ほどと高価なので一度冷静になろうとストアを去った。

ネットでいろいろと口コミを見ていると、星空を撮影するならばノイズが少ないSONYがよいという意見が多くある。星空の撮影事例も多々アップされている。UFOは写っていないがどれも美しい。

現物を見てみようとソニーストアへいって、カメラを触った。建物の照明をUFOと見立てて撮影をする。明らかにノイズは少ない。レンズもキヤノンで揃えていたが、マウントホルダーを使えばレンズも使える。値段も30万円ほどと、高価ではあるがGFXやEOSR5と比べると安い。長年キヤノンユーザーであったがついにSONYにすることにした。α7を購入した。

準備はできた。いざ、撮影へ。まずは東北へ仕事があったので、それにあわせてUFOを撮る。青森空港からレンタカーを借りて、下北半島の先、仏ヶ浦へと向かった。

下北半島の最果ての佐井村にあるキャンプ場にチェックインをした。そこからさらに車で果てへ。

途中、ニホンザル、タヌキ、キツネ、アナグマ、ツキノワグマを車から見た。おい、まじかよ、クマがいるのかよ。しかし、大丈夫だ。私は宇宙に撮影を認められている。

海沿いの道を30分ほど走ると、仏ヶ浦の駐車場に到着した。車は1台もない。19時過ぎだがまだ空は明るい。ここから30分ほど、車を降りて森の中を歩いていかねばらならない。カメラと三脚を準備し、熊鈴をつけて、森林香に火をつけた。これは蚊取り線香の強力なもので、蚊を避けるためではなく、匂いを出して人間の存在を知らせるためのものだ。私は渓流釣りをするので、クマ対策には慣れているつもりである。

仏ヶ浦には死体が漂着する、幽霊が出るなど様々な話がある。しかし、私は霊感などない。これで頓挫するならUFOなど撮れぬ。虎穴にいらずんば虎子を得ず!パワースポットにいらずんばUFOを得ず!ビビったら負けだ。自身を鼓舞し、海岸へと駆り立てた。

いざ、森の中へ。歩きやすいように道は整備されている。周囲に注意しながら、熊鈴を手に持って、先ほど車でかかったクラフトワークの『アウトバーン』を歌い、リズムに合わせて熊鈴を振り、大きな音が鳴るようにして歩いていた。下りであったので楽に歩けた。まだ明るかったからか、特に危ない思いもなく、海岸についた。

突如現れる海岸。岩壁が波に洗われて真っ白な石灰岩が侵食して奇妙な風景を作っている。景観も最果てにふさわしい。鍾乳洞がそのまま海岸に露出し、地球の内臓が露出しているようであった。名前の通り、仏がいそうな浦である。奇岩の窪みにあったお堂に撮影の無事を祈って手を合わせた。そして、海へと向かった。

ちょうど満潮で水面が高い。油断すると海に引き込まれそうだ。海から少し距離を取って三脚を設置して撮影を始めた。空がだんだんと暗くなって星が現れてくる。1つ、2つ見え出すとあっという間にたくさんの星が見えてくる。


20 F2.8 ISO 100 / SONY α7 Ⅳ + DT EF16-35mm

20 F2.8 ISO 100 / SONY α7 Ⅳ + DT EF16-35mm

まだ空が明るい中、早速、謎の光(写真中央下)が上空を横切って山の向こうに消えていった。点滅していなかったので飛行機ではない。


20 F2.8 ISO 125 / SONY α7 Ⅳ + DT EF16-35mm

20 F2.8 ISO 125 / SONY α7 Ⅳ + DT EF16-35mm

さらに、また別の光が山の向こうへ消えていった。


20 F2.8 ISO800/ SONY α7 Ⅳ + DT EF16-35mm

20 F2.8 ISO800/ SONY α7 Ⅳ + DT EF16-35mm

こちらも海から来て山の方へ消えていった。


30 F2.8 ISO 500 / SONY α7 Ⅳ + DT EF16-35mm

キラッと何かが右上で光った。高速で空を横切り、明らかに今までと違う動きだ。流星だろうか。以下の3枚はこれを拡大したものである。


まるで重なるように2つ


中央の上に1つと下にも1つ


右下にも小さくある。


30 F2.8 ISO 640 / SONY α7 Ⅳ + DT EF16-35mm

さらにまた光が空を横切った。こちらの写真も拡大をしてみる。


真ん中、右の稜線の上に2本の光がある。


細くてわかりにくいが真ん中の上に2本ある。


右端の中央に重なり合うように4本もある。つまり、合計8つの光が同時に動いていた。肉眼では明るい光しか捉えられていないが、カメラが小さな光を拾っている。たくさん何かが飛んでいる。

空は暗くなり、月と漁火が私を照らす。時計を見ると21時だった。心細くなってきた。ここに長居するのも気が引ける。そろそろ潮時だ。三脚をたたみ、カメラをしまった。来た道を戻り、お堂にお礼と帰路の無事を祈り山道へ入った。

海岸から林道へ入る。上りが急でつらい。背負った荷物の重さを感じる。数分歩くと、海が見えなくなり、木々が空を塞ぎ、真っ暗闇になった。カサッと落ち葉を踏む音と熊鈴が響く。ゴールはまだだろうか。長い時間歩いている気がする。

昔の人は真っ暗な夜の山道を歌いながら歩いていた。そのための歌があったという。音を出して動物に存在を知らせる目的と、自分の気を確かに保っておくためでもあったのだろう。歌わなくては暗黒に呑まれそうだ。また「アウトバーン」を歌ってみる。しかし、息が上がって歌う余裕がない。歩みを少しゆるめると、何か気配を感じた。熊鈴を手で大きく振り、大音量で鳴らす。ベンチがあったが座っている場合ではない。歩みを早める。ずっと後ろに気配を感じている。これは絶対に振り向いたらダメなやつだ。この気配は私の気のせいかもしれない。しかしながら、もしも本当に何かだったらどうしよう。振り向いたらあかん。黄泉の国から帰るイザナギの時みたいに、振り向いたらあかんやつや。絶対に振り返ったらあかん。立ち止まったらあかん。すごい汗が出ている。Tシャツは、汗をまったく吸わない。だらだらと汗が流れる。歩くしかない。熊鈴の音と落ち葉を踏む音が響く。曲り角がある。確か、ここは入口近くにあったものだ。白い建物が見えてきた。あとすこしだ。私はピッチをあげた。そして、森を抜けた。

駐車場まで出て、道を振り向いた。ただ暗黒が広がっているだけだった。

 
 

日下慶太

日下慶太

KEITA KUSAKA
コピーライター・写真家・コンタクティ・シーシャ屋スタッフ
1976年大阪生まれ大阪在住。自分がどこに向かっているかわかりません。著作に自伝的エッセイ『迷子のコピーライター』(イーストプレス)、写真集『隙ある風景』(私家版 )。連載 Meet Regional『隙ある風景』山陰中央新報『羅針盤』Tabistory『つれないつり』。佐治敬三賞、グッドデザイン賞、TCC最高新人賞、KYOTOGRAPHIE DELTA award ほか受賞。