佐井村を離れ、来た道を戻った。陸奥湾沿いの道から山に入り、ブナ林を抜け、ひと風呂入りたい誘惑を抑えて薬研温泉を通り過ぎ、恐山へと向かった。
恐山が今回最も撮影したい場所だった。しかも、日本全国からイタコが集まるという恐山大祭に撮影日を重ねた。恐山とイタコと祭りの力が重なる。UFOが来ないわけはない。
その名前や、メディアの影響、奇怪な地面より煙が湧き出る地獄のような様相から、恐山は怖い、近づいてはいけないという印象がある。まさにそんなイメージに誘われて、怖いもの見たさにここを訪問をしたのだが、訪問の回数を重ねるにつれて、ここは桁違いに優しい場所であるということに気づいた。
この世に残された家族や恋人が、死者を想ってここにやってくる。ここに来ればイタコを通じて死者の声を聴けるかもしれない。そういったどこでも処理できないような想念を、ここだけは受け容れることができる。度量の大きな場所なのである。今回が4回目の訪問となるが、来るたびにこの場所の持つやさしさが好きになった。
恐山大祭当日の現地は幟が立っているものの、人は少なかった。日本中からイタコが集まると聞いていたが、イタコはいない。もう夕方だからもう祭りは終わったのだろうか。
予約していた宿坊にチェックインをした。恐山の宿坊というと、寒風吹き荒ぶ場所にある堀立小屋のようなものをイメージするかもしれないが、大型旅館のような鉄筋の建物に、客室は清潔な広い和室であった。ちょうど恐山大祭の日だったので、混雑している場合は相部屋になるかもしれないと言われていたが、個室を用意してくれていた。
食事は朝夕2食つき。夕食は精進料理ではあるがエビフライとメロンがついている。食事の前に、僧侶の話がある。「五観の偈(ごかんのげ)」なる言葉を食事の前に唱えた。目の前の食事がどこからどのようにしてやってきてたか、それを食べる価値が自分にあるのか、問いかけろ。
私はこのエビフライを食べる価値があるのだろうか。はるか東南アジアで生まれ、数年養殖所で育ち、そこで命を落とし、冷凍されて、日本に運ばれてきたブラックタイガーを私に食べる資格はあるのだろうか。ないかもしれないと思いながら、エビフライを頬張った。
食後に風呂に入る。源泉掛け流しの温泉で、硫黄臭が強く、皮膚にヒリヒリと刺激がある。今まで入った温泉の中で1、2を争う泉質の強さであった。30分以上は入ってはいけない。目に湯が入ったならきちんと洗い流すようにとのことであった。少しだけ目に入れてみたが、ヒリヒリと目が痛んで5分ほど目が開けられなかった。
夜8時頃には、副住職の説法があった。「死」という重いテーマについて、まるで落語のように軽妙に語る。大変ありがたい話であった。これで1万円とちょっと。すばらしい体験のオンパレードだ。
極上の宿坊であったが、22時以降は出ては行けないことになっていた。せっかく来たのに、私は撮影ができない。ただ温泉旅館に泊まりに来ただけになってしまった。とはいえ、撮影に行ったとしても、ガスでカメラがダメになってしまったかもしれない。自販機のお釣りからでてきた十円玉(写真右)は錆びて変色していた。副住職によるとPCは2週間ほどでつぶれてしまうそうだ。
翌朝、起きると部屋が臭い。私の体臭ではない。硫黄臭が部屋中に充満していた。下の方に溜まっているようで、起きて頭の位置が上がるとマシになった。恐山では屁をこいてもバレないかもしれない。
換気のために窓を開けると雲一つない青空が広がっている。早朝の恐山を散歩した。まだ観光客は入ってくることができない。地獄の風景を独り占めしている贅沢な朝。散歩を終えて、朝のお勤めに参加してお経を唱えた。それから、温泉に入り、五観の偈を唱え、朝食を食べてから宿を離れた。1泊2食1法話1お勤め、源泉掛け流しの温泉つきでお値段1万円ほど。なんとお得でお徳な宿であろうか。
恐山を発ち、仕事のある三戸へと向かった。むつ市を過ぎ、下北半島の付け根を南へと移動する。私はこの道、国道279号が本当に好きだ。昼の太陽は寂しさを隈なく照らし、傾いた太陽は寂しさを立体化して浮き上がらせる。左手には人気のない民家や、永遠に収穫されることがなさそうな田んぼが現れ、時折、塩分が多そうなトラックドライバー用のラーメン店が現れる。右手には陸奥湾が淡くきらめく。いつも運転しながら消えてしまいたくなる。
野辺地を抜け、七戸あたりから高速に入る。車窓の風景はただ過ぎ去っていく山へと変わり、二戸のホテルに到着した。
三戸で1週間ほど仕事があった。夜は仕事がないので、天気のいい日は撮影に行った。
まずは、近くの一戸町観光天文台へと向かった。二戸から馬淵川沿いの国道4号を南下し、道を外れて山道に入り、渓流沿いの道を上がると、奥中山高原スキー場が現れた。隣には温泉があり、冬は賑わっていそうな場所である。さらに農道のような道を行き、目的地に到着した。天文台はもう閉まっていた。

20 F7.1 ISO 3200 / SONY ILCE-7M4 + DT 16-35mm F2.8 SAM
天文台があるだけあって見晴らしは良かったが、風力発電のプロペラがたくさんあった。プロペラに付けられたライトが夜間はチカチカと点滅して邪魔になる。方角を変えるとそれは避けられるので、ここで撮影をすることにした。
車を停めて荷物をおろして三脚を立てる。早速撮影をする。中央左に謎の光が撮れている。左下のものは飛行機だ。しばらく撮影を続けると「グルルルル」と動物の鳴き声がする。熊だろうか。
熊鈴を鳴らす、大音量で音楽を流す、音の方向に車のハイビームを向ける、色々してみたが、まだ鳴き声がしている。ここは熊のなわばりなのだろうか、怖い。ここを立ち去れと威嚇しているのだろう。こんなところでゆっくり撮影はできない。数枚しか撮影していなかったがすぐに立ち去った。後で聞くと、そこは牧場とのことだった。鳴き声の主は牛だったのだ。
時間はまだ21時台だ。まだ撮影はできる。どこかよい場所はないかと車を運転しているとキャンプ場があった。そこの駐車場が広かったので撮影をしようとしたが、入口にチェーンが掛けられて中に入れない。駐車場入口に車を停めて撮影をした。すると、警備員が不審に思ってやってきた。熊鈴をじゃらじゃらと鳴らしている。やはり熊がいるのだろうか。
「何してるんですか?」
「星空の撮影をしてるんです」
「それだと、スキー場の方がいいですよ」
私を追い出したいからこう言ったのだろうか。それとも親切心だろうか。そこまで言われたら動かざるを得ない。途中通り過ぎたスキー場の方に戻ると、近くに大きな駐車場があったのでそこで撮影することにした。撮影に干渉する光もない。獣の声もしない。三脚を立てて準備をする。

20 F4.5 ISO 3200 / SONY ILCE-7M4 + DT 16-35mm F2.8 SAM
カメラをセットしてすぐに、周囲を明るくするほどの白い光が現れた。左から右へ夜空をゆっくりと横切り、消えていった。くるくると回っているようだった。画面を確認する。ばっちり撮れている。ついにすごいUFOが撮れた。こんな明るいものは見たことがない。すばらしい撮れ高だ。もう撮影を終えることにした。
ホテルに戻ってMacに取り込み、改めて見返した。その場ではくるくる回っている気がしたが、写真を見ると、直線的である。もしかしたら人工衛星かもしれない。念の為に調べておこう。何かサイトはないかと調べていると、ここにあった。
国際宇宙ステーションが21:44に北西の方向に出ると書いてある。明るさは -2.3、これは一等星の光が1.0とした基準のした明るさで -2.3というのは一等星よりもはるかに明るいということだ。 確かに明るかった。だから、UFOだと思ったのだ。
もしかしたら、私が今までUFOだと思っていたものは、人工衛星だったのかもしれない。私がみんなにUFOだと言っていたものも、人工衛星かもしれない。今までのすべては嘘だったのか。私は嘘を伝えていたのか。地面がぐらぐらと揺れて、そのまま地の底に沈んでいくようだった。