採U記

第14回 既知との遭遇

日下慶太

遠野を発ち、蔵王へと向かった。とりあえず、東北のUFOが出そうな場所を片っ端から回りたかった。有名な山なら出そうな気がした。岩手、宮城を抜け、山形道に入り、蔵王に到着した。しかし、東北の距離感がよくわからない。近畿地方とは県の面積が違いすぎる。到着は夜になってしまった。

蔵王といえども、どこで撮影するか全く考えていなかった。蔵王は大きかった。宮城と山形にまたがり、宮城側は宮城蔵王、山形側は山形蔵王と呼ばれている。ここは観光地であるからだろう、山頂近くまで道路が整備されている。であるならば、山頂に行くしかない。私は、ぽっかりと空いた蔵王山頂から、UFOが上昇してくる姿をイメージしていた。

国道から山道へ入る。蔵王の中腹に展望台があった。ここを撮影地にしようと思ったが、肝心の蔵王山頂は見えない。さらに車を進めると、蔵王の温泉街に出た。ちょうど腹が減っていたので店を探したが、夜9時だがもう閉まっている。コンビニでインスタントラーメンを食い、腹が満たされると、緊張感が解けた。焦っても仕方がない。せっかくなので温泉に入ろう。共同浴場がまだ開いていた。体も温まったところで、蔵王山頂へ向かった。

蔵王温泉を抜けるとすぐに深い森となった。坂の勾配は急になり、霧が出て、あっという間に何も見えなくなった。風が強くなり、ガタガタと車を揺らすほどにまでなった。山の天気は変わりやすいというけれども、プログレッシブ・ロックのような急展開は知らされていない。愛車のハイエースは車高が高い。横風を受けて車が倒れやしないかと不安だった。慎重にカーブを曲がった。引き返したいほどの強風ではあったが、Uターンをしている最中に車が倒れそうだったので、進むしかなかった。暴風雨の果てに、ピタッと風が止むはずだ、そして、神聖なる頂が現れる!

山頂に到着した。霧はさらに濃くなり、激しい風が吹き付ける。大きな駐車場があった。窓を開け、目を凝らしてみれば、なんとか見ることができるほどの白線の枠に合わせて、車を駐めた。

周りは何も見えない。現世から隔絶された空間だ。いつ霧の中からUFOが現れてもおかしくない。しかし、こんな状況で外に出られるわけはない。車の中からしばらく霧を凝視していたが動きはない。フロントガラス越に撮影してみたが霧で何も映らなかった。霧はいつか晴れるだろうと仮眠を取ることにした。車のソファを倒し、寝袋を広げて、エンジンをかけたまま横になった。眠気がうっすらと出てきた。しかし、尿意も出てきた。こんな状況で外に出たくない。このまま寝よう。起きてすればいい。眠気と尿意の戦いがしばらく続いた。結局、尿意が勝利を収めた。

ドアを開けると暴風が一気に吹き込む。意を決して外に出る。寒風の台風の中にいるようである。観光客が多そうな駐車場なのでトイレがありそうだが、濃霧で見えない。近くの草むらで用を足そうと自身の逸物を取り出したが、それも濃霧で見えない。草むらに落ちる小便も濃霧で見えない。なんとか用を足して車に戻って眠りについた。

半時間ほどうとうとしていた。先ほどより天気は悪くなっている。少し寝て目が冴えた。集中力が増している。車中から周囲の異変をチェックする。この濃霧に紛れてUFOが動いたりせぬものだろうか。視覚的な異変はない。目を閉じて耳を澄ませた。轟音を立てて風が吹いているだけである。

天気予報をチェックしたが晴れる気配はない。場所を変えたかったが、この強風の中で移動するのは危ない。仕方なく、このままここで夜を明かすことに決めた。私はまた横になった。時折、強風が吹き、車が揺れる。恐怖を感じたが、次第に眠気が恐怖に勝り、意識はなくなった。

眠っていても私は霧に包まれているようだった。すべてが朦朧として白色しかない世界にいる。そこに光が現れた。目が覚める。前方が眩しい。強い光が私を照らしている。強い白緑色の光だ。ついに宇宙人が現れた。何か活動を始めたに違いない。私は、宇宙人に気づかれぬよう気配を消して、ダッシュボードにあったカメラを慎重に手に取った。ハンドルの上にカメラを置き、三脚代わりにしてゆっくりとシャッターを切った。強い光が私を照らしている。光は私に気づいてたのか。じっとしていた光が左方向に動いた。光源は2つあるようだ。その光は左を向いてから、消えて、2つの赤い光が現れた。

車だった。しかし、どうして、こんな霧と暴風の蔵王山頂に平日の夜中に来るのか。そんな人間はUFO撮影に来たヤツぐらいでいい。赤い光は霧の向こうにずっと止まったままだった。そして、駐車場の線を赤く染めていた。私はすべてが嫌になって、カメラを置いて眠りについた。

目覚めると空がほのかに明るくなっている。夜が明けつつある。しかし、相変わらず山頂は霧に包まれている。墨をたっぷりと含ませた筆をバケツの水につけたような灰色をしている。風は少しマシになっていた。私は水を飲み、エンジンをかけた。注意深く車を運転する。駐車場には5台ほど車が駐まっていた。平日のこんな時に、本当にもの好きが多いものだ。つづら折れのカーブを曲がる。風は弱まっている。行きほど揺れはない。

だんだんと霧が薄くなり、15分ほど走ると、ついに霧が晴れた。こんなに簡単に霧は晴れるのか。車道の横にある駐車帯に車を停めた。朝焼けが蔵王を照らす。山頂だけ、帽子でも被っているかのように雲がある。山頂だけが霧に包まれていたようだ。少し移動すれば霧はなく、撮影することができたのか。わざわざ蔵王まで来たのに、ショックである。

蔵王を下っている途中に美しい滝があった。ちょうど滝を見下ろす展望台があり、そこで写真を撮った。三脚を立てて、シャッタースピードを変えて撮った。流れる水の表情が随分変わる。いや、おれはこんなのを撮りに来たわけじゃない。我に帰り、帰路に着いた。

 
(2023年9月19日)

日下慶太

日下慶太

KEITA KUSAKA
コピーライター・写真家・コンタクティ・シーシャ屋スタッフ
1976年大阪生まれ大阪在住。自分がどこに向かっているかわかりません。著作に自伝的エッセイ『迷子のコピーライター』(イーストプレス)、写真集『隙ある風景』(私家版 )。連載 Meet Regional『隙ある風景』山陰中央新報『羅針盤』Tabistory『つれないつり』。佐治敬三賞、グッドデザイン賞、TCC最高新人賞、KYOTOGRAPHIE DELTA award ほか受賞。